清少納言の名言30選!「枕草子」の才女が鋭い感性で綴った言葉たち
清少納言(966年頃〜1025年頃)は、平安時代中期の女流作家・歌人であり、随筆『枕草子』の作者として知られる。一条天皇の中宮・藤原定子に女房として仕え、その知性と機転で宮中の人気者となった。「をかし」の美意識を確立した日本文学史上の重要人物であり、鋭い観察眼と率直な筆致で宮廷生活や自然、人間模様を活き活きと描き出した。
ある雪の日、中宮定子が「香炉峰の雪はどうだろう」と問いかけた際、清少納言は一言も答えず、すっと御簾を高く上げて雪景色を見せた。白居易の漢詩「香炉峰の雪は簾を撥げて看る」を踏まえたこの機転は、宮中を感嘆させた名場面として『枕草子』に記されている。この知的な即興力こそが清少納言の真骨頂であり、「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる」という名文は、自然の美を瞬間的に切り取る彼女の感性の結晶である。
春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる
清少納言 『枕草子』
清少納言ってどんな人?
清少納言(せいしょうなごん、966年頃-1025年頃)は、平安時代中期の女流作家・歌人。一条天皇の中宮・藤原定子に女房として仕え、その知性と機転で宮中の人気者となりました。随筆『枕草子』の作者として知られ、「をかし」の美意識を確立した日本文学史上の重要人物です。鋭い観察眼と率直な筆致で、宮廷生活や自然、人間模様を活き活きと描き出しました。
| 項目 | 詳細情報 |
| 本名 | 清原諾子(きよはらのなぎこ)説 |
| 生年 | 966年頃(康保3年頃) |
| 没年 | 1025年頃(万寿2年頃) |
| 代表作 | 枕草子 |
| 仕えた人 | 中宮定子(藤原定子) |
| 父 | 清原元輔(歌人・梨壺の五人の一人) |
| 家系 | 清原氏(学者・歌人の家系) |
| 時代 | 平安時代中期 |
清少納言の本名は清原諾子(きよはらのなぎこ)とする説が有力です。父は歌人として名高い清原元輔で、「梨壺の五人」の一人として『後撰和歌集』の撰集に携わった人物です。曾祖父は清原深養父で、百人一首にも歌が採られている名門の歌人一族に生まれました。幼い頃から漢籍や和歌に親しみ、文学的教養を深く身につけて育ちました。橘則光と結婚して一子をもうけますが、やがて離婚。その後、993年頃に一条天皇の中宮・藤原定子に女房として出仕しました。定子のサロンでは漢学の素養や和歌の才、鋭い機転で宮中の人々を感嘆させ、定子からも深い信頼を寄せられました。しかし、定子の父・藤原道隆の死後、道長との政争の中で定子は次第に立場を失い、1000年に出産の際に亡くなります。定子亡き後、清少納言は宮廷を退き、その後の消息は明らかではありません。『枕草子』は定子に仕えた時代の華やかな宮廷生活の記録であり、亡き定子への深い敬慕の念が込められた作品でもあります。約300段にわたる随筆は、類聚章段(ものづくし)・日記章段・随想章段から成り、日本随筆文学の祖として後世に大きな影響を与えました。
清少納言の代表的なエピソード
エピソード1:歌人・清原元輔の娘として育った文学的環境
清少納言の父・清原元輔は、村上天皇の命を受けて『後撰和歌集』の撰者を務めた「梨壺の五人」の一人であり、三十六歌仙にも数えられる著名な歌人でした。曾祖父の清原深養父もまた百人一首に「夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいづこに月宿るらむ」の歌で知られる歌人です。このような学問と和歌の名門に生まれた清少納言は、幼い頃から漢詩文や和歌に触れて育ち、特に漢籍の素養は当時の女性としては極めて珍しいものでした。この恵まれた文学的環境が、後の『枕草子』の豊かな表現力と教養に裏打ちされた機知の基盤となりました。
エピソード2:中宮定子に仕え、その才知で宮廷の人気者に
993年頃、清少納言は一条天皇の中宮・藤原定子のもとに出仕しました。最初は宮中の華やかさに気後れし、昼間は御簾の陰に隠れ、夜になってから出仕するような日々を送っていました。しかし、定子の温かい人柄に触れるうちに次第に才能を発揮するようになります。漢詩文の知識を活かした機転の利いた受け答えや、歌の才が宮中で評判となり、定子サロンの中心的存在となっていきました。定子自身も聡明で教養深い女性であり、二人の間には主従を超えた深い信頼関係が築かれました。
エピソード3:「香炉峰の雪」──機転の利いた有名エピソード
『枕草子』で最も有名なエピソードの一つです。雪が降り積もったある日、中宮定子が「香炉峰の雪いかならむ」と問いかけました。これは白居易の漢詩「香炉峰の雪は簾を撥げて看る」を踏まえた問いかけです。清少納言はその意図を即座に理解し、御簾を高く掲げて外の雪景色を見せました。居合わせた人々は「さることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそよらざりつれ。なほ、この宮の人にはさべきなめり」(そういうことは知っているし歌にも詠むけれど、とっさにそうしようとは思いつかなかった。やはりこの宮にお仕えする人としてふさわしい)と感嘆しました。清少納言の漢学の素養と機転の良さを示す代表的な逸話です。
エピソード4:定子の没落と清少納言の晩年
定子の父・関白藤原道隆が995年に亡くなると、叔父の藤原道長が権力を握り、定子の立場は急速に悪化しました。兄の藤原伊周・隆家が政争に敗れて左遷され、定子自身も一時は落飾(出家)するなど、苦難の日々が続きました。清少納言は定子のもとに仕え続けましたが、1000年、定子は第三子出産の際に亡くなりました。享年24歳の若さでした。定子の死後、清少納言は宮中を去り、藤原棟世と再婚したとも伝えられますが、晩年の詳細は不明です。一説には晩年は寂しい暮らしを送ったとも伝えられています。
エピソード5:枕草子の執筆──「をかし」の文学
『枕草子』の成立には、ある有名な逸話が伝わっています。中宮定子のもとに内大臣(藤原伊周)から上質な紙が献上された際、定子が「帝は『史記』を書き写させている。私たちは何を書こうか」と清少納言に尋ねました。清少納言が「枕にこそは侍らめ(枕がよろしゅうございましょう)」と答えたことから、定子がその紙を清少納言に下賜し、これが『枕草子』執筆のきっかけとなったとされています。「をかし」(趣がある、興味深い、面白い)という美意識を軸に、自然・人事・宮廷生活を鋭い観察眼で描いた本作は、紫式部の『源氏物語』が「もののあはれ」の文学とされるのに対し、「をかし」の文学として日本文学史に燦然と輝いています。
清少納言の名言集
春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる
清少納言 『枕草子』
『枕草子』の冒頭を飾る、日本文学で最も有名な一節です。春の最も美しい時間帯は夜明け方──東の山の稜線がしだいに白んでいき、うっすらと明るくなったところに、紫がかった雲が細くたなびいている情景を描いています。四季それぞれに最も趣深い時間帯があるという、清少納言の鋭い美意識が凝縮された名文です。
夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし
清少納言 『枕草子』
夏に最も趣があるのは夜だという一節です。月の出ている夜は言うまでもなく、闇夜であっても蛍がたくさん飛び交っている様子は美しい。たった一つ二つの蛍がほのかに光りながら飛んでいくのも趣がある。雨が降るのもまた風情がある、と。光と闇のコントラストに美を見出す清少納言の繊細な感性が光ります。
秋は夕暮。夕日のさして山の端いと近うなりたるに、烏の寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり
清少納言 『枕草子』
秋は夕暮れが最も美しいという一節です。夕日が差して山の端に沈もうとしている頃、烏がねぐらへ帰ろうと三羽四羽、二羽三羽と急いで飛んでいく姿にさえ心打たれる、と。華やかさの中にある寂寥感、生き物の営みへの共感が込められた、秋の夕景の見事な描写です。
冬はつとめて。雪の降りたるは言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭もて渡るもいとつきづきし
清少納言 『枕草子』
冬は早朝が最も趣深いという一節。雪が降っている朝は言うまでもなく美しい。霜が真っ白に降りているのも、またそうでなくても厳しい寒さの中で、急いで火をおこして炭を持って廊下を渡っていく様子もいかにも冬らしくふさわしい、と。寒さの中にある生活の温かみを「つきづきし」(ふさわしい)と表現する感性が見事です。
にくきもの、急ぐことあるをりに来て長話するまらうど。あなづりやすき人ならば、「のちに」とてもやりつべけれど、さすがに心はづかしき人、いとにくくむつかし
清少納言 『枕草子』
「にくきもの(腹立たしいもの)」の段より。急いでいる時に来て長話をする客──気安い相手なら「また後で」と追い返せるが、無下にできない相手だと本当に腹立たしく煩わしい、という一節。千年前も今も変わらない人間関係のもどかしさを、率直かつユーモラスに描いています。
うつくしきもの。瓜にかきたるちごの顔。雀の子の、ねず鳴きするに踊り来る。二つ三つばかりなるちごの、急ぎてはひ来る道に、いと小さきちりのありけるを目ざとに見つけて、いとをかしげなる指にとらへて、大人などに見せたる、いとうつくし
清少納言 『枕草子』
「うつくしきもの(かわいらしいもの)」の段です。瓜に描いた幼児の顔、ねずみの鳴き声に踊り出てくる雀の子、二つ三つくらいの幼児が這ってくる途中に小さなごみを見つけて可愛い指でつまんで大人に見せる姿──。小さなものへの愛情あふれるまなざしが、「をかし」の美学の真髄を見せてくれます。
すさまじきもの。昼ほゆる犬。春の網代。三、四月の紅梅の衣。牛死にたる牛飼ひ。ちご亡くなりたる産屋
清少納言 『枕草子』
「すさまじきもの(興ざめなもの)」の段より。昼間に吠える犬、春になってしまった網代(冬の漁具)、季節外れの紅梅の衣装、牛が死んでしまった牛飼い、子どもが亡くなった産屋──。時期や状況がずれてしまった物事の「場違い感」を鋭く言い当てた、清少納言ならではのリスト文学です。
ありがたきもの。舅にほめらるる婿。また、姑に思はるる嫁の君。毛のよく抜くる銀の毛抜き。主そしらぬ従者
清少納言 『枕草子』
「ありがたきもの(めったにないもの)」の段。舅に褒められる婿、姑に大切にされる嫁、毛がきれいに抜ける銀の毛抜き、主人の悪口を言わない従者──。いつの時代も変わらない人間関係の真実を、皮肉たっぷりに並べています。現代でも思わずうなずいてしまう普遍的な観察です。
心ときめきするもの。雀の子飼ひ。ちごのあそばする所の前わたる。よき薫物たきて一人臥したる。唐鏡のすこしくらき見たる。よき男の車とどめて、案内し問はせたる
清少納言 『枕草子』
「心ときめきするもの(胸がどきどきするもの)」の段。雀の子を飼うこと、幼児が遊んでいるそばを通ること、良い薫物を焚いて一人で横になっていること、唐鏡のちょっと曇ったのを見ること、身分の高い男性が車を止めて取次ぎを頼ませていること──。ささやかな日常の中の「ときめき」を集めた、清少納言の感性の豊かさが際立つ一節です。
夜をこめて鳥のそらねははかるとも よに逢坂の関はゆるさじ
清少納言 『枕草子』(百人一首)
百人一首にも採られた清少納言の代表歌です。「まだ夜が明けないうちに鶏の鳴き真似をしてだまそうとしても、逢坂の関は決して開けませんよ」──中国の故事「函谷関の鶏鳴」を踏まえた機知に富んだ一首で、藤原行成との才気あふれる歌のやりとりの中で詠まれました。知性とプライドを感じさせる名歌です。
過ぎにし方恋しきもの。枯れたる葵。雛遊びの調度。二藍、葡萄染などのさいでの、おしへされて草子の中などにありける、見つけたる
清少納言 『枕草子』
「過ぎにし方恋しきもの(過ぎ去った日々が恋しくなるもの)」の段です。枯れた葵、雛遊びの道具、二藍や葡萄色の布の端切れが本の間に挟まっているのを見つけた時──。過ぎ去った季節や幼い日々の思い出を呼び覚ます小さなきっかけを繊細に捉えた、郷愁あふれる名文です。
たのもしげなきもの。雨漏るに修理せぬ人。風吹くに灯のまたたく夜の頼もしげなきこと
清少納言 『枕草子』
「たのもしげなきもの(頼りないもの)」の段より。雨漏りがするのに修理をしない人や、風が吹いて灯火がちらちらと揺れる夜の心もとなさ──。日常にある「不安」の正体を、具体的な情景として切り取る観察力が冴えています。
木の花は、濃きも薄きも紅梅。桜は、花びら大きに、葉の色濃きが、枝細くて咲きたる。藤の花は、しなひ長く、色濃く咲きたる、いとめでたし
清少納言 『枕草子』
「木の花は」の段より。木の花では紅梅が色の濃いのも薄いのも素晴らしい。桜は花びらが大きく、葉の色が濃いものが細い枝に咲いているのが良い。藤は房が長く垂れ下がって色濃く咲いているのが見事だ、と。花々への美意識を明確に語る清少納言の審美眼が伝わります。
人にあなづらるるもの。築地のくづれ。あまり心よしと人に知られたる人
清少納言 『枕草子』
「人にあなづらるるもの(人に軽く見られるもの)」の段です。崩れた築地塀、そしてあまりにもお人好しだと知られている人──。人に軽んじられるものを並べる中に、人間の本質を鋭く突いた観察が光ります。「優しすぎる人は軽く見られる」という普遍的な真実を、千年前に見抜いていた洞察力です。
むとくなるもの。潮ひの潟に大船のとどまりたる。大きなる木の風に吹き倒されて、根をささげて横たはれ伏せる。小さき人の大きなる人を投げ伏せたる
清少納言 『枕草子』
「むとくなるもの(みっともないもの・無様なもの)」の段。干潮の浅瀬に取り残された大船、大きな木が風で倒れて根を天に向けて横たわっている姿、小さな人が大きな人を投げ倒した場面──。大きくて立派なものが不本意な状態に陥った時の滑稽さを、視覚的に鮮やかに描いています。
名おそろしきもの。夜の墓原。暗がりの穴。鰭のある魚のくひつきたる
清少納言 『枕草子』
「名おそろしきもの(名前だけで恐ろしいもの)」の段。夜の墓場、暗がりの穴、鰭のある魚に噛みつかれること──。実際に体験しなくても、名前を聞いただけでぞっとするものを列挙した、ユーモアのある段です。恐怖という感情すらも「をかし」の対象にしてしまう清少納言の姿勢が表れています。
遠くて近きもの。極楽。舟の道。男女の仲
清少納言 『枕草子』
「遠くて近きもの(遠いようで近いもの)」の段。極楽浄土、船旅の道のり、そして男女の仲──。たった三つの例で、物理的・精神的な距離感の不思議さを見事に言い表しています。特に「男女の仲」という結びが、現代にも通じる人間関係の機微を鮮やかに捉えています。
近くて遠きもの。宮のべの祭。思はぬはらから。鞍馬のつづらをりといふ道
清少納言 『枕草子』
先の「遠くて近きもの」と対をなす「近くて遠きもの(近いようで遠いもの)」の段。宮中の年中行事、仲の悪い兄弟姉妹、鞍馬寺へのつづら折りの道──。目の前にあるのに心理的・物理的に遠く感じるものを並べる構成の妙。「思はぬはらから(疎遠な兄弟)」には、家族関係への冷静な観察が窺えます。
はしたなきもの。異人を呼ぶに、われぞとさし出でたる。物など取らするをりに、もてくとも言はぬに、我人と等しく手を出だしたる
清少納言 『枕草子』
「はしたなきもの(きまりの悪いもの)」の段。他の人を呼んでいるのに自分だと思って出ていってしまった時、何か物を配っている時に自分にくれるとも言っていないのに他の人と同じように手を出した時──。誰もが経験したことのある「気まずい瞬間」を的確に描写した、共感度の高い名文です。
かたはらいたきもの。よくも音弾き得ぬ琴を、よくも調べで、心のかぎり弾きたてたる
清少納言 『枕草子』
「かたはらいたきもの(そばにいて恥ずかしいもの)」の段より。上手に弾けもしない琴を、調律もきちんとせずに、力いっぱい弾いている人──。下手なのに堂々としている姿の気恥ずかしさを描いた一節で、周囲の人々の微妙な心理を見事に捉えています。自覚のない自信への皮肉が効いています。
めでたきもの。唐錦。飾り太刀。作り仏の木画。色あひ深く、花房長く咲きたる藤の花、松にかかりたる
清少納言 『枕草子』
「めでたきもの(素晴らしいもの)」の段。唐錦、飾り太刀、木画の仏像、色合い深く花房が長く咲いた藤の花が松にかかっている景色──。清少納言が「素晴らしい」と感じるものには、華やかさと品格が共存しています。特に藤と松の取り合わせに、平安貴族の洗練された美意識が凝縮されています。
なまめかしきもの。細やかなる若き人の、薄色の襲きたる。よき薫物の移り香。可愛らしき幼児のいちご食べたる
清少納言 『枕草子』
「なまめかしきもの(優美なもの)」の段より。ほっそりとした若い人が薄紫色の衣を重ねて着ている姿、良い薫物の移り香、可愛らしい幼児がいちごを食べている様子──。視覚・嗅覚・情感に訴える優美さの数々を集めた段で、清少納言の五感を通した繊細な美意識が感じられます。
たとしへなきもの。夏と冬と。夜と昼と。雨降る日と照る日と。人の笑ふと腹立つと。老いたると若きと。白きと黒きと
清少納言 『枕草子』
「たとしへなきもの(比べようのないほど違うもの)」の段。夏と冬、夜と昼、雨の日と晴れの日、人が笑っている顔と怒っている顔、老いと若さ、白と黒──。正反対のものを簡潔に並べることで、世の中の対比の鮮やかさを浮かび上がらせています。リズミカルな列挙が生み出す文体の美しさも見事です。
あてなるもの。薄色に白襲の汗衫。かりのこ。削り氷にあまづら入れて、新しき金椀に入れたる
清少納言 『枕草子』
「あてなるもの(上品なもの)」の段。薄紫の上に白い汗衫を重ねた装い、雁の卵、削った氷にあまづら(甘味料)を入れて新しい金属の椀に盛ったもの──。色彩の組み合わせや素材の取り合わせに、平安貴族の洗練された審美眼が表れています。特に「削り氷」は現代のかき氷の原型ともいえる風流な一品です。
虫は鈴虫。ひぐらし。蝶。松虫。きりぎりす。はたおり。われから。ひをむし。蛍
清少納言 『枕草子』
「虫は」の段。清少納言が好きな虫を列挙した段です。鈴虫、ひぐらし、蝶、松虫、こおろぎ、機織り虫、われから、火取り虫、蛍──。音を奏でる虫や光る虫、美しい姿の蝶など、清少納言が愛でた虫たちには共通して風雅な趣があります。自然の小さな生き物にも美を見出す感性が表れた段です。
正月一日は、まいて空のけしきもうらうらとめづらしう、霞みこめたるに、世の中にある人は皆、姿かたち心異にて、つかふ言葉も口をしう
清少納言 『枕草子』
「正月一日は」の段より。正月元日は、まして空の様子もうららかで新鮮な感じがし、霞がかかっている中、世の中の人々はみな姿形も心持ちも普段とは違って、使う言葉もよそゆきになる──。新年の特別な空気感と人々の華やいだ気持ちを描いた一節で、千年前の正月の情景が目に浮かぶような描写です。
降るものは雪。霰。霙は心もとなし。雪のいと高う降り積みたる、また、さらでもいと白きを見るに、心地ぞ清らなる
清少納言 『枕草子』
降るものの中では雪が最も趣深いという段。霰もよいが霙は中途半端で物足りない。雪がうんと高く降り積もった景色、またそうでなくても真っ白な雪を見ると心が清らかになる──。雪の純白さに心の浄化を感じるという感覚は、現代の私たちにも深く共感できるものです。
わびしげに見ゆるもの。正月にやせ衰へたる人の来たる。大きなる柑子の木の、葉のなくて実のなりたる
清少納言 『枕草子』
「わびしげに見ゆるもの(みすぼらしく見えるもの)」の段。正月にやせ衰えた人が来ること、大きなみかんの木が葉もなく実だけがなっている姿──。華やかであるべき正月と衰えた姿、大きな木なのに葉がない寂しさ。期待と現実のギャップが生む哀感を、視覚的に鮮明に捉えた観察です。
日は入日。入りはてぬる山ぎはに、光のなほとまりて、赤う見ゆるに、うす黄ばみたる雲の、たなびきわたりたる、いとあはれなり
清少納言 『枕草子』
「日は入日(日は夕日が良い)」の段。日がすっかり沈んでしまった山際に、光がなお残って赤く見えるところに、薄く黄色みを帯びた雲がたなびいているのは、たいそうしみじみと心に染みる──。夕焼けの刻々と変わる色彩を「あはれ」と表現する清少納言は、ここでは「をかし」とは異なる深い情感を見せています。
この草子、目に見え心に思ふことを、人やは見むとすると思ひて、つれづれなる里居のほどに書き集めたるを
清少納言 『枕草子』
『枕草子』跋文(あとがき)にあたる有名な一節です。この草子は、目に見えたこと心に思ったことを、誰が見るだろうかと思って、退屈な里居(実家暮らし)の間に書き集めたものだ──。人に見せるつもりはなかったという清少納言の弁ですが、だからこそ飾らない率直な筆致が生まれ、千年を超えて読み継がれる随筆となりました。
清少納言の功績とエピソード
『枕草子』——「春はあけぼの」で始まる日本文学の宝石
西暦1000年頃に書かれた『枕草子』は「春はあけぼの」の冒頭で知られる日本最古の随筆文学である。四季の美しさ、宮中の出来事、日常の観察を鮮やかな筆致で描き、1000年以上にわたり日本人の美意識の原点として読み継がれている。
中宮定子に仕えた華やかな宮中生活
清少納言は一条天皇の中宮定子に女房として仕え、その知性と機知で宮中の人気者となった。定子サロンでの華やかな日々が『枕草子』の素材となった。しかし定子の死後、清少納言の晩年は不明な点が多く寂しいものだったとも伝えられる。
紫式部との「ライバル関係」の真相
同時代の紫式部は『紫式部日記』の中で清少納言を「漢字を書き散らして利口ぶっている」と批判した。しかし実際に二人が宮中で同時期に仕えていた記録はなく、直接の面識はなかった可能性が高い。平安文学を代表する二大才女の対比は後世に作られたものである。
清少納言の名言(追加)

"人の上言ふを腹立つ人こそ、いとわろけれ。いかでか言はではあらむ。我が身をば差し置きて、さばかりもどかしきものやはある。"
『枕草子』より
"夜をこめて鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の関はゆるさじ。"
『小倉百人一首』より
"にくきもの、急ぐことあるをりに来て長言するまろうど。"
『枕草子』「にくきもの」より
"なにもなにも、ちひさきものはみなうつくし。"
『枕草子』「うつくしきもの」より
"ありがたきもの、舅にほめらるる婿。また、姑に思はるる嫁の君。"
『枕草子』「ありがたきもの」より
よくある質問
清少納言の最も有名な名言は?
本記事で紹介している代表的な名言の一つが「人の上言ふを腹立つ人こそ、いとわろけれ。いかでか言はではあらむ。我が身をば差し置きて、さばかりもどかしきものやはある。」です。清少納言の人生哲学を端的に表す言葉として読者に親しまれており、その背景には本人の経験や思想が色濃く反映されています。
清少納言はどんな人物ですか?
清少納言(966年頃〜1025年頃)は、平安時代中期の女流作家・歌人であり、随筆『枕草子』の作者として知られる。一条天皇の中宮・藤原定子に女房として仕え、その知性と機転で宮中の人気者となった。
清少納言の名言の特徴は?
「夜をこめて鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の関はゆるさじ。」のように、人間や人生への深い洞察を表す言葉が数多く残されています。本記事には5を超える名言を収録しており、いずれも清少納言の生き様や信念を反映した重みのある言葉ばかりです。
清少納言の名言から何が学べますか?
「にくきもの、急ぐことあるをりに来て長言するまろうど。」のような言葉から、困難に立ち向かう姿勢や人生に対する向き合い方を学ぶことができます。清少納言の言葉は、自分の生き方を見つめ直したいときや、新たな一歩を踏み出したいときの指針として多くの人の心の支えになっています。