安倍晋三の名言45選!「こんな人たちに負けるわけにはいかない」の意味やなんJで人気の語録・打線も解説
安倍晋三(1954年〜2022年)は日本の第90代・第96代内閣総理大臣。在任期間は憲政史上最長となる約8年8ヶ月を誇り、「アベノミクス」と呼ばれる大胆な経済政策、集団的自衛権の行使容認、安全保障関連法の成立など、戦後日本の方向性を大きく変える政策を次々と打ち出した。政治家一家の三代目として生まれ、祖父・岸信介元首相の志を継ぎ続けた。2022年7月8日、奈良市での街頭演説中に銃撃を受け67歳で逝去した。
安倍晋三の言葉には、批判を恐れず前へ進む強固な意志と、日本の未来を見据えた深い愛国心が宿っている。なかでもインターネット上、特になんJを中心に広まった「こんな人たちに負けるわけにはいかない」は、2017年の東京都議会議員選挙の応援演説中、聴衆からのヤジに対して咄嗟に発した言葉だ。反対派への強い意志を示した発言は瞬く間に拡散され、パロディやコラ画像の素材としてネット文化に定着した。
安倍晋三ってどんな人?
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 1954年9月21日 |
| 死去 | 2022年7月8日(67歳) |
| 出身地 | 東京都(本籍:山口県長門市) |
| 職業 | 政治家 |
| 肩書 | 第90・96・97・98代内閣総理大臣 |
| 主な業績 | 憲政史上最長の在任期間(通算3188日)、アベノミクス推進 |
安倍晋三の功績とエピソード
挫折からの復活——史上初の「再登板」総理大臣
2007年、第一次安倍内閣は参院選惨敗と持病の悪化により、わずか1年で退陣に追い込まれた。メディアからは「政治生命は終わった」と断じられたが、安倍は5年間の雌伏期間を経て2012年に自民党総裁選で勝利し、首相に再登板した。戦後、一度退任した首相が再び就任するのは異例中の異例であり、この復活劇は彼の「諦めない」信念を象徴している。
「三本の矢」アベノミクスで日本経済を動かす
2013年、再登板した安倍は「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」の三本の矢からなるアベノミクスを打ち出した。日銀の異次元金融緩和により円安・株高が進み、日経平均株価は就任時の約1万円から3万円超まで上昇した。賛否両論はあるものの、長期デフレからの脱却に向けた大胆な経済政策として歴史に刻まれている。
自由で開かれたインド太平洋構想の提唱
2016年、安倍はケニアで開催されたTICADで「自由で開かれたインド太平洋」構想を提唱した。この概念はアメリカ、オーストラリア、インドなど各国の外交政策に採用され、日米豪印の「クアッド」枠組みの基盤となった。一国の首相が提唱した地政学的ビジョンが国際秩序の柱となった稀有な例であり、安倍外交の最大の遺産とされている。
なんJでも大人気!安倍晋三の語録

2017年の東京都議選の応援演説で、聴衆のヤジに対して安倍氏が言い放ったこの言葉は、インターネット上で大きな話題を呼んだ。なんJではこのフレーズがパロディやコラ画像の素材として多用され、政治的な文脈を超えてネットミームとして定着した。
"こんな人たちに負けるわけにはいかない"
出典:2017年東京都議会議員選挙の応援演説にて. 反対派への強い意志を示した発言だが、直接的な表現がかえって話題を呼んだ。なんJを中心にネットミームとして広まった代表的な語録。
"私が責任を取ればいいというものではありません"
出典:2015年、安全保障関連法案の国会審議中の発言. 野党からの追及に対して個人の責任論では解決しないという趣旨で言われたが、「責任回避」と受け取られ批判を招いた。なんJではこのフレーズをもじった投稿が流行した。
"そんなに興奮しないでください"
出典:国会審議中、野党議員の激しい追及に対して発言. 冷静な議論を促す意図だったが「上から目線」と批判された。なんJでは様々な場面でパロディとして使われた。
政治・リーダーシップの名言

【エピソード①:第一次政権の挫折と潰瘍性大腸炎】2006年9月、安倍は52歳の若さで戦後最年少の総理大臣に就任した。しかし「お友達内閣」と批判される中、閣僚の相次ぐ不祥事と2007年7月の参院選惨敗で与党は過半数を失う。同時期、安倍は難病「潰瘍性大腸炎」の悪化に苦しんでいた。腸に潰瘍ができ激しい腹痛と下痢が止まらない日々が続き、総理公邸で倒れ込む夜もあった。2007年9月12日、所信表明演説からわずか2日後、安倍は突然の辞任会見を開いた。マスコミは「政権を投げ出した」「もう政治家として復活はない」と厳しく批判した。しかし新薬アサコールに出会い症状が劇的に改善。5年間の雌伏を経て2012年、安倍は再び自民党総裁選に挑み、見事復活を遂げる。「諦めない」という政治信念の原点は、この暗黒の時期に築かれた。
"重要なことは結果だ。100の言葉より1の結果だ。"
出典:安倍晋三の政治理念を示す言葉. 政治家として言葉よりも具体的な政策実行と結果を重視するという信念を端的に表した名言。
"わたしは政治家を見るとき、こんな見方をしている。それは「闘う政治家」と「闘わない政治家」である。「闘う政治家」とは、ここ一番、国のため、国民のためとあれば、批判を恐れず行動する政治家のことである"
出典:安倍晋三の著書・発言より. 政治家としての信念と、批判を恐れずに行動する覚悟を示した言葉。
"首相官邸が外交力を発揮する時代になった。党内や省庁間での議論はもちろん大事ですが、それぞれの利害調整に時間を要するため、スピード感を伴う意思決定は難しい。国際社会の急激な変化に対応するには、官邸が強力なリーダーシップを発揮する必要があるのです。"
出典:安倍晋三の発言より. 外交における首相主導の意思決定の重要性を語った言葉。
"ただスローガンを重ねるだけでは、社会を変えることはできない。具体的な政策なくして、そのスローガンを現実のものとすることはできない。具体的な政策を提案し、実行し、そして結果を出していく決意だ"
出典:安倍晋三の国会答弁・演説より. 政策立案から実行、結果まで一貫した責任を持つという政治姿勢を示した。
"改革に終わりはありません。経済はグローバル化しており、世界で勝ち残らなければ、結局は雇用も維持できません。"
出典:安倍晋三の発言より. アベノミクス推進の背景にある経済グローバル化への危機感を語った言葉。
信念・挑戦の名言

【エピソード②:連続在任7年8ヶ月——憲政史上最長】2012年12月26日、第2次安倍内閣が発足した。「日本を取り戻す」を掲げ、アベノミクスの三本の矢で円安・株高を実現し、低迷していた経済に活気を取り戻した。2014年の消費税8%引き上げ、2015年の安全保障関連法成立、2016年の「自由で開かれたインド太平洋」構想提唱、2018年のTPP11発効——内政・外交ともに目まぐるしい動きを見せた。2019年11月20日には通算在任日数が桂太郎を超えて日本憲政史上最長を記録。連続在任も2020年8月24日に2799日に達し、叔父・佐藤栄作を抜いて歴代最長となった。しかし、同月末、再び潰瘍性大腸炎が悪化し、安倍は自ら辞任を表明する。「国民の負託に応えられない以上、総理大臣の地位にあるべきではない」——2度目の辞任は、1度目とはまるで違う、責任感に満ちた決断だった。
"もし私が批判されることを恐れて、自説を引っ込め戦うことをやめていたら、今の私はなかったでしょう。"
出典:安倍晋三の発言より. 第一次政権辞任後、政治活動を続けた経験から生まれた言葉。批判に屈せず信念を貫く重要性を語っている。
"誰が何と言おうと、どんなに批判を受けようと自分の信念を持ち続けることが重要。"
出典:安倍晋三の発言より. 安倍氏が長きにわたって政治家として活動できた根幹となる信念を示した言葉。
"父(安倍晋太郎)の遺志を継ぎ、父が成し得なかったことを何としても、やり遂げたい。"
出典:安倍晋三の発言より. 父・安倍晋太郎元外相が果たせなかった夢を引き継ぐ決意を語った言葉。特に日露関係改善と憲法改正への強い思いが込められている。
"言うべきことはきちんと言わなければならないし、そのためには自分で発信することを躊躇していては何も始まらない"
出典:安倍晋三の発言より. SNSを積極的に活用してきた安倍氏らしい、自ら発信することの重要性を語った言葉。
日本・愛国心の名言

【エピソード③:2022年7月8日、奈良——参院選の街頭演説】2022年7月8日午前11時31分、奈良市の大和西大寺駅北口ロータリー。参議院議員選挙を2日後に控え、安倍元首相は自民党候補の応援演説に立っていた。ガードレール越しの聴衆に向かってマイクを握り、「厳しい選挙戦でございます」と語り始めた瞬間——背後から近づいた男が手製の銃を発砲した。銃弾2発が安倍の首と胸部を貫通。安倍はその場で崩れ落ち、心肺停止状態で奈良県立医科大学附属病院に搬送されたが、午後5時3分、死亡が確認された。享年67歳。犯人の山上徹也は旧統一教会への恨みを動機として挙げ、日本中を震撼させた。世界各国の首脳が弔意を表明し、インド・台湾・ブラジルなどでは追悼の半旗が掲げられた。9月27日の国葬には世界217の国・地域・機関の代表が参列し、戦後最大規模の国葬となった。愛国心と「戦う政治家」を貫いた男の人生は、街頭で有権者に語りかけながら幕を閉じた。
"私たちの国日本は、美しい自然に恵まれた、長い歴史と独自の文化をもつ国だ。そして、まだまだ大いなる可能性を秘めている。この可能性を引き出すことができるのは、わたしたちの勇気と英知と努力だと思う。日本人であることを卑下するより、誇りに思い、未来を切り拓くために汗を流すべきではないだろうか"
出典:安倍晋三の著書・発言より. 日本への誇りと可能性を訴えた、安倍氏の愛国心を象徴する言葉。
"日本の歴史がひとつのタペストリー(つづれ織り)だとすると、その中心に一本通っている糸はやはり天皇だと思うのです"
出典:安倍晋三の発言より. 日本の歴史と天皇制についての深い思いを表した言葉。
"日本は戦後、民主主義と自由を守り、平和国家としての道を歩んできました。この姿勢を貫くことに一点の曇りもありません。"
出典:安倍晋三の国会演説・外交の場での発言より. 戦後日本の平和国家としての歩みへの誇りを示した言葉。
"自分の国は自国の努力で守ることが基本だ。防衛に努めぬ国と共に戦う国はない"
出典:安倍晋三の安全保障に関する発言より. 集団的自衛権の行使容認を進めた背景にある安全保障観を示している。
"占領時代の残滓を払拭することが必要です。占領時代につくられた教育基本法、憲法をつくりかえていくこと、それは精神的にも占領を終わらせることになる。"
出典:安倍晋三の発言より. 憲法改正への強い意欲と歴史認識を示した言葉。
外交・国際関係の名言

"様々な意見の違いや課題があるからこそ、首脳同士が会って胸襟を開いて対話すべきだと思います。対話のドアは常にオープンにしています。"
出典:安倍晋三の外交に関する発言より. 中国・韓国との関係悪化が指摘される中でも、対話の重要性を強調した姿勢を示している。
女性活躍・社会の名言

"女性の活躍は、社会政策でなく、成長戦略として捉えています。日本は人口減少の中で労働力が不足していく、もうダメじゃないか、と言われていますが、女性は日本に眠る最大の潜在力です。女性がその能力を開花させていくうえで様々な障害がありますので、それを取り除いていくための政策を進めていきます。"
出典:安倍晋三の「女性が輝く社会」政策推進に際した発言. 女性活躍推進を経済戦略として位置づけた独自の視点を示している。
"友達がいなくて独りぼっちの子がいたら、ぜひ声を掛けてあげてください。私がこどものときにそういうことができなかったことを、今でも後悔しています。"
出典:安倍晋三の発言より. 子どもへのメッセージとして語った、自身の後悔を込めた人間味ある言葉。
退任・感謝の名言

"どうか新しい内閣にもご理解とご支援を賜りますように、お願い致します。8年近くにわたり、本当に皆さま、ありがとうございました"
出典:2020年8月28日の首相辞任会見にて. 持病悪化による辞任を発表した記者会見で国民に感謝を伝えた言葉。
"残念ながら残された課題もあります。同時に国論を二分するような困難な課題に挑戦し、達成できたこと、実現できたことがあります。全てはどんなに苦しい時も、変わることなく至らない私を応援してくださった皆さまのおかげであります"
出典:2020年8月28日の首相辞任会見にて. 支持者への感謝と、未達成の課題に対する率直な言葉。
"たくさんのいいねに励まされ、さまざまな課題にチャレンジすることができた"
出典:安倍晋三のSNSに関する発言より. Twitter(現X)をはじめとするSNSを積極活用した安倍氏が、国民のサポートへの感謝を表した言葉。
"タカ派とかハト派とか、あまり意味がないと思っている。ハト派と言われている人たちの傾向として、ハト派と言われることに価値を見出している人が多い。政策的な結果を求めるのではなくて、ハト派と言われている自分に惚れ惚れしている人が多い。"
出典:安倍晋三の発言より. 政治家の姿勢についての辛口な批評。ラベルよりも政策の結果を重視するという信念が込められている。
"日本の未来を信じ、日本を愛する気持ちが私の力の源です。"
出典:安倍晋三の発言より. 政治活動の根底にある日本への愛情を語った言葉。長期政権を支えた精神的な柱を示している。
"日本を、取り戻す。"
出典:2012年衆議院選挙キャッチコピー。民主党政権からの政権交代を果たしたスローガン。
"私はバイ・マイ・アベノミクスと申し上げたい。"
出典:2013年9月25日、ニューヨーク証券取引所での講演にて。アベノミクスへの自信を世界に示した発言。
"地球儀を俯瞰する外交を展開する。"
出典:第2次安倍内閣の外交方針として。在任中に約80の国と地域を訪問した積極外交の礎となった言葉。
"もはやデフレではないという状況を作り出すことができた。"
出典:2014年の記者会見にて。アベノミクスの成果を強調した発言。
"批判されることを恐れていたら、何も新しいことはできない。"
出典:安倍晋三の政治信条に関する発言より。集団的自衛権の行使容認など、批判覚悟で推し進めた政策の背景にある信念。
"一度失敗したからといって、すべてが終わりではない。"
出典:2007年の辞任後、2012年の総裁選再出馬を決意した際の発言として。第1次政権の挫折から学び再起した経験。
"意志あるところに道は開ける。"
出典:安倍晋三が好んで引用した言葉。リンカーン大統領の名言を座右の銘としていた。
"日本はアジアの希望の星であり続ける。"
出典:国際会議での演説より。日本の国際的な役割に対する強い信念を示した言葉。
"悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する。"
出典:安倍晋三がしばしば引用したアランの言葉。困難な政局を乗り越える際の精神的支柱。
"政治は結果がすべてだ。"
出典:国会答弁にて。理念や理想だけでなく、実際の成果を重視する安倍氏の政治姿勢。
"3本の矢は束ねれば折れない。"
出典:アベノミクスの3本の矢(金融緩和・財政出動・成長戦略)を説明する際の発言。毛利元就の故事を引用。
"美しい国、日本。"
出典:2006年出版の著書『美しい国へ』および第1次安倍内閣のスローガン。日本の伝統・文化を大切にする政治理念。
"まさに、この道しかない。"
出典:2014年衆議院解散時のキャッチコピー。アベノミクス継続への強い決意を示したフレーズ。
"私は立法府の長であります。"
出典:2016年5月の国会答弁にて。行政府の長の言い間違いとして、なんJを中心にネット上で大きな話題に。
"いわば、まさに、ですね…"
出典:国会答弁で頻用した口癖。なんJの安倍語録打線では「口癖」枠として定番化した。
"ニッキョーソ!ニッキョーソ!"
出典:2015年2月の国会審議中に野次として発した言葉。日教組に対する対抗心を露わにした瞬間としてなんJで語り継がれている。
"募っているが、募集はしていない。"
出典:2020年1月の国会答弁にて。桜を見る会に関する答弁で、なんJや5chで「安倍語録の最高傑作」と称された。
"訂正でんでんということではない。"
出典:2017年1月の国会答弁にて。「云々(うんぬん)」を「でんでん」と読み間違えた発言。なんJの安倍語録では不動のレギュラー。
"未来は私たちの手の中にある。ともに、新しい時代を創っていきましょう。"
出典:令和への改元に際する安倍首相の談話より。新しい時代への希望を国民に語りかけた言葉。
"やるべきことはやった。思い残すことはない。"
出典:2020年9月の退任時の側近への言葉として報じられた。憲政史上最長政権を率いた首相の最後の心境。
よくある質問
安倍晋三の語録がなんJで人気の理由は?
安倍晋三の語録がなんJで人気になった最大の理由は、国会答弁での独特な言い回しや言い間違いが「面白い」としてまとめられたことにあります。「募っているが募集はしていない」「訂正でんでん」「立法府の長」など、思わず笑ってしまうような発言がスレッド(打線ネタ)として定番化しました。支持・不支持を問わず、安倍語録はなんJ文化の一部として定着しています。
安倍晋三の「こんな人たちに負けるわけにはいかない」はどういう状況で発せられた?
2017 年 7 月 1 日、東京都議会議員選挙の応援演説(秋葉原)で、聴衆から「安倍辞めろ」コールを浴びた際に、安倍首相が反対派を指差しながら発した言葉です。この発言は賛否両論を巻き起こし、与党内からも「首相の品格に欠ける」と批判を受けましたが、なんJでは名シーンとして語り継がれています。
安倍晋三語録の打線(なんJ)で一番有名なのは?
なんJで組まれる「安倍語録打線」では、4 番(最強打者)に「募っているが募集はしていない」が入ることが最も多いです。他にも「訂正でんでん」「立法府の長」「こんな人たちに負けるわけにはいかない」が上位打線の常連です。打線の組み方はスレッドによって異なりますが、これらの語録は不動のレギュラーとして人気があります。
安倍晋三の座右の銘は?
安倍晋三はリンカーン大統領の「意志あるところに道は開ける(Where there is a will, there is a way)」を座右の銘としていたと報じられています。また、フランスの哲学者アランの「悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する」もしばしば引用していました。
安倍晋三のセリフで最も印象的なものは?
「日本を、取り戻す」(2012 年総裁選・衆院選キャッチコピー)は、安倍晋三のセリフとして最も広く知られています。このフレーズは政権交代を象徴する言葉として歴史に残りました。また「美しい国、日本」「この道しかない」といったキャッチコピーも安倍政権を代表するセリフです。