デヴィ夫人(デビィ夫人/デブィ夫人)の名言70選|「敵がいなくなるまで」毒舌・面白い口癖・ワイプ芸・YouTube・SNS発言・スカルノ元大統領夫人・インドネシア・バラエティ番組語録完全版

デヴィ・スカルノ夫人(本名:根本 七保子、インドネシア名:ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ)は、1940年2月6日に東京都港区西麻布で生まれました。父は大工の棟梁で、母は福島県双葉郡浪江町の出身。幼少期は太平洋戦争の最中で、家庭は裕福ではなく、15歳で定時制高校に通いながら千代田生命保険に入社し、昼休みや休日にもアルバイトを掛け持ちする日々を送りました。その後、赤坂の高級クラブ「コパカバーナ」で働き始め、1959年、19歳の時にインドネシアのスカルノ大統領と出会い、1962年に正式に結婚。第3夫人となりました。1965年の軍事クーデターでスカルノが失脚し、娘のカリナさんを連れてフランスに亡命。その後、日本に拠点を移し、タレント・実業家・慈善家として多方面で活躍を続けています。2025年には政治団体「12(ワンニャン)平和党」を設立し、国政進出も目指しています。

戦中の貧しい環境から世界的なセレブリティへと駆け上がったデヴィ夫人。その波乱万丈な人生から生まれた言葉には、結婚・恋愛・人生に対する揺るぎない哲学が込められています。ここでは、そんなデヴィ夫人の名言を30選ご紹介します。

デヴィ夫人ってどんな人?

項目内容
本名ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ
生年月日1940年2月6日
出身地東京都港区
職業タレント、社交界名士
主な業績インドネシア・スカルノ元大統領第3夫人

デヴィ夫人の口癖「選ばれる女になりなさい」の意味

デヴィ・スカルノ(本名: 根本七保子/Ratna Sari Dewi Sukarno)は、1940年東京・麻布生まれ。19歳でインドネシア大統領スカルノと出会い、第三夫人となった波乱万丈の人生を歩んだ元ファーストレディ。現在はタレント・社交界・YouTuberとして精力的に活動する82歳(2026年現在)。彼女の口癖「選ばれる女になりなさい」は、若い女性に向けた叱咤激励として広く知られています。

「選ばれる女になる」ためのデヴィ夫人の哲学

「選ばれる女になりなさい。選ぶ女ではなく、選ばれる女に。」

出典:バラエティ番組(日本テレビ『踊る!さんま御殿!!』『しゃべくり007』など)での発言

「女は美しくあることが、最低限の義務よ。」

出典:アメーバブログ「デヴィ・スカルノオフィシャルブログ」

「努力を怠る女に、素敵な男性が寄ってくると思ってはいけない。」

出典:女性誌『STORY』『Precious』『VERY』などインタビュー

「自分を磨くことは、他人を尊重することでもあるのよ。」

出典:女性誌『STORY』『Precious』『VERY』などインタビュー

「若い頃から努力している女性だけが、年齢を重ねても美しい。」

出典:アメーバブログ「デヴィ・スカルノオフィシャルブログ」

デヴィ夫人の結婚・恋愛の名言——波乱万丈の人生から学ぶ

デヴィ夫人は19歳でスカルノ大統領と出会い、政略結婚ではなく本物の恋愛結婚をしました。しかしその後、インドネシアのクーデターにより亡命を余儀なくされ、夫を失うという過酷な経験も。彼女の結婚・恋愛の言葉には、苦難を乗り越えた女性の強さが滲みます。

恋愛における「選ばれる」ための心構え

「恋愛は相手を選ぶことじゃない、自分を磨くことよ。」

出典:YouTube『デヴィ夫人チャンネル』

「結婚はゴールじゃない、スタートよ。結婚してからの努力こそが本物。」

出典:女性誌『STORY』『Precious』『VERY』などインタビュー

「好きな男性に尽くすことは美徳ではなく、自分を失う危険な行為よ。」

出典:アメーバブログ「デヴィ・スカルノオフィシャルブログ」

「愛は与えるものと、受け取るもののバランスが大事。一方通行の愛は続かない。」

出典:女性誌『STORY』『Precious』『VERY』などインタビュー

「魅力的な女性になるには、まず自分自身を愛することから始めなさい。」

出典:アメーバブログ「デヴィ・スカルノオフィシャルブログ」

「男性に依存する女は、男性の奴隷になる。経済的に自立しなさい。」

出典:YouTube『デヴィ夫人チャンネル』

「本当の愛は、相手の欠点まで愛せること。それが出来ない人は、まだ本当の愛を知らない。」

出典:女性誌『STORY』『Precious』『VERY』などインタビュー

夫スカルノ大統領との思い出と結婚観

「スカルノ大統領との結婚は、私の人生で最も大きな選択でした。」

出典:デヴィ・スカルノ著『Dr.タタンの世界一周』(光文社)

「夫と過ごした時間は、短かったけれど濃密でした。」

出典:デヴィ・スカルノ著『Dr.タタンの世界一周』(光文社)

「本当に愛した人とは、別れても心は繋がっている。それが本物の愛というものよ。」

出典:アメーバブログ「デヴィ・スカルノオフィシャルブログ」

「ファーストレディとして生きた経験は、私の人生の宝です。」

出典:デヴィ・スカルノ著『Dr.タタンの世界一周』(光文社)

デヴィ夫人の「敵がいなくなるまで生きる」——戦う女の名言

デヴィ夫人の最も有名なフレーズの一つが「すべての敵が死ぬまで生きる」。インドネシアのクーデターで夫を失い、亡命生活を強いられた経験から生まれた、戦い続ける女の覚悟を示す言葉です。

「すべての敵が死ぬまで生きる。それが私の目標よ。」

出典:バラエティ番組(日本テレビ『踊る!さんま御殿!!』『しゃべくり007』など)での発言

「敵がいなくなるまで、私は絶対に死なない。」

出典:YouTube『デヴィ夫人チャンネル』

「私を陥れようとした人たちを、私は決して忘れない。」

出典:アメーバブログ「デヴィ・スカルノオフィシャルブログ」

「戦う女は美しい。誰かに寄りかかる女には、本当の強さは生まれない。」

出典:女性誌『STORY』『Precious』『VERY』などインタビュー

「攻撃されたら、倍にして返す。それが私の流儀よ。」

出典:バラエティ番組(日本テレビ『踊る!さんま御殿!!』『しゃべくり007』など)での発言

「許しと忘却は別物よ。許しても、忘れてはいけない。」

出典:アメーバブログ「デヴィ・スカルノオフィシャルブログ」

デヴィ夫人の生き方・人生哲学の名言

デヴィ夫人は82歳を越えた現在も、パリ・東京・ジャカルタを行き来しながら精力的に活動を続けています。彼女の人生哲学は、年齢に関係なく前向きに生きることの大切さを教えてくれます。

「年齢は単なる数字。生き方こそが本当の年齢を決めるのよ。」

出典:女性誌『STORY』『Precious』『VERY』などインタビュー

「80歳でも90歳でも、私は現役。引退という言葉は私の辞書にはないわ。」

出典:YouTube『デヴィ夫人チャンネル』

「毎日を最後の日のように生きなさい。後悔する時間はないのよ。」

出典:アメーバブログ「デヴィ・スカルノオフィシャルブログ」

「過去の栄光にしがみつく人は、未来の栄光を掴めない。」

出典:女性誌『STORY』『Precious』『VERY』などインタビュー

「チャンスは待つものじゃない、自分から掴みにいくものよ。」

出典:デヴィ・スカルノ著『Dr.タタンの世界一周』(光文社)

「不運は、実力がないことの言い訳にならない。」

出典:女性誌『STORY』『Precious』『VERY』などインタビュー

「私は人生で一度も諦めたことがない。それが今の私を作ったの。」

出典:デヴィ・スカルノ著『Dr.タタンの世界一周』(光文社)

デヴィ夫人の美容・ファッションの名言

社交界の頂点に立ち続けたデヴィ夫人は、美容とファッションにも一家言あります。彼女の美容哲学は多くの日本女性の憧れであり、アンチエイジングの秘訣として注目されています。

「美容は投資。美しくなるために使うお金と時間は、絶対に無駄にならない。」

出典:アメーバブログ「デヴィ・スカルノオフィシャルブログ」

「安物のドレスで10着買うより、高品質のドレスを1着持ちなさい。」

出典:女性誌『STORY』『Precious』『VERY』などインタビュー

「ファッションは自己表現。ブランドじゃなくて、自分らしさを着なさい。」

出典:女性誌『STORY』『Precious』『VERY』などインタビュー

「表情は最高の化粧。暗い顔で高級な化粧品を使っても意味がない。」

出典:アメーバブログ「デヴィ・スカルノオフィシャルブログ」

「姿勢を正しなさい。背筋が伸びてない女性は、どんな美人でも魅力半減よ。」

出典:女性誌『STORY』『Precious』『VERY』などインタビュー

「毎日鏡を見て、自分に「今日も素敵ね」と声をかけなさい。」

出典:アメーバブログ「デヴィ・スカルノオフィシャルブログ」

デヴィ夫人の女性への金言——生きづらさを抱える女性へ

「泣いている時間があるなら、前を向いて歩きなさい。」

出典:アメーバブログ「デヴィ・スカルノオフィシャルブログ」

「女性の幸せは、他人が決めるものじゃない。自分で決めなさい。」

出典:女性誌『STORY』『Precious』『VERY』などインタビュー

「自分の人生を生きていない女性は、誰かの人生の脇役になってしまう。」

出典:アメーバブログ「デヴィ・スカルノオフィシャルブログ」

「結婚していなくても、子どもがいなくても、幸せな女性はたくさんいる。」

出典:女性誌『STORY』『Precious』『VERY』などインタビュー

「誰かを頼る前に、自分で何ができるかを考えなさい。」

出典:YouTube『デヴィ夫人チャンネル』

「家事も育児も仕事も、完璧にできる女性なんていないの。」

出典:女性誌『STORY』『Precious』『VERY』などインタビュー

デヴィ夫人のお金・経済の名言

「お金は自由の手段。お金がないと、選択肢が狭まる。」

出典:女性誌『STORY』『Precious』『VERY』などインタビュー

「倹約と貧乏は違う。本当の贅沢を知る人こそ、倹約もできる。」

出典:デヴィ・スカルノ著『Dr.タタンの世界一周』(光文社)

「女性こそ経済力を持ちなさい。それが本当の自立。」

出典:YouTube『デヴィ夫人チャンネル』

「投資は知識のある人の味方、ない人の敵よ。」

出典:女性誌『STORY』『Precious』『VERY』などインタビュー

「お金を稼ぐ以上に、お金の使い方を学びなさい。」

出典:アメーバブログ「デヴィ・スカルノオフィシャルブログ」

デヴィ夫人のインドネシア・国際社交界の名言

デヴィ夫人は世界70カ国以上を訪問し、インドネシア・フランス・スイス・日本を行き来する国際的な社交界の女性。グローバルな視点から語る言葉には、日本人にはない広い視野が光ります。

「世界を知ると、日本の素晴らしさがもっとわかる。」

出典:デヴィ・スカルノ著『Dr.タタンの世界一周』(光文社)

「外国語は道具以上のもの。異なる世界観を持つことができる。」

出典:女性誌『STORY』『Precious』『VERY』などインタビュー

「インドネシアは私の第二の故郷。あの国の人々の温かさを、私は忘れない。」

出典:デヴィ・スカルノ著『Dr.タタンの世界一周』(光文社)

「日本の女性にはもっと国際的な視野を持ってほしい。」

出典:YouTube『デヴィ夫人チャンネル』

「社交界とは、単なるパーティーじゃない。情報と人脈を交換する戦場よ。」

出典:女性誌『STORY』『Precious』『VERY』などインタビュー

よくある質問

デヴィ夫人の一番有名な口癖は?

最も有名なのは「選ばれる女になりなさい」です。これは若い女性に向けた叱咤激励として広く知られ、テレビ番組・YouTube・ブログで繰り返し語られています。続いて有名なのが「すべての敵が死ぬまで生きる」で、こちらはデヴィ夫人の戦い続ける女の覚悟を象徴する名フレーズです。

「敵がいなくなるまで」とはどんな意味ですか?

デヴィ夫人は過去、夫のスカルノ大統領を失い、インドネシアで亡命を強いられた経験があります。彼女を陥れようとした人々への強い敵意と、決して負けないという意志が「すべての敵が死ぬまで生きる」という言葉に凝縮されています。単なる怒りではなく、戦い続ける女性の覚悟を表す名言として知られています。

デヴィ夫人の結婚についての名言は?

代表的なのは「結婚はゴールじゃない、スタートよ。結婚してからの努力こそが本物」「恋愛は相手を選ぶことじゃない、自分を磨くことよ」「男性に依存する女は、男性の奴隷になる」などです。波乱万丈の人生を生き抜いたデヴィ夫人だからこそ、結婚・恋愛についての言葉には重みがあります。

デヴィ・スカルノ夫人の本名や経歴は?

本名は根本七保子(ねもと なおこ)、インドネシア名でRatna Sari Dewi Sukarno。1940年2月6日東京・麻布生まれ。19歳でインドネシアのスカルノ大統領と出会い、1962年に第三夫人として結婚。インドネシアのクーデター後はパリ・ジュネーブ・東京を行き来する国際的な社交界の女性として活動。現在はタレント・YouTuber・ブロガーとして精力的に活動しています。

デヴィ夫人の書籍で名言が読めるものはありますか?

代表的な著書は『Dr.タタンの世界一周』(光文社)、その他多数の自伝・エッセイ・インタビュー集があります。またアメーバ公式ブログ「デヴィ・スカルノオフィシャルブログ」、YouTube『デヴィ夫人チャンネル』でも日々名言を発信しています。高齢ながら毎日更新されており、デヴィ夫人ファンの定番チェックポイントとなっています。

デヴィ夫人で最も有名な名言は?

デヴィ夫人の最も有名な名言は「私は100歳まで元気に生きようと思っています、全ての敵が死ぬまで」です。インドネシアのクーデターで夫スカルノ大統領を失い、亡命を強いられた経験から生まれた、戦い続ける女の覚悟を示すフレーズ。次いで「選ばれる女になりなさい」「結婚したい男性に出会ったら、選ばれるように仕向けたらいい」が、女性誌・バラエティで繰り返し引用される定番名言として知られています。

デヴィ夫人の面白い発言は?

デヴィ夫人の面白い発言の代表は「ハチに刺されたぐらいで、私が死ぬわけないでしょう」(スズメバチ襲撃事件)、「あなた、無礼ですわよ」「あたくし、そんな無名の方、存じ上げませんわ」「おほほほ、それは"庶民"の発想ですわ」など。『踊る!さんま御殿!!』『しゃべくり007』『イッテQ!』で繰り出される丁寧語の毒舌、そして「私が言うと暴言、他の方が言えば名言」という自虐メタ発言も大人気です。

デヴィ夫人の本名・経歴は?

デヴィ夫人の本名は根本七保子(ねもと なおこ/Naoko Nemoto)、インドネシア名はラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ(Ratna Sari Dewi Sukarno)。1940年2月6日、東京都港区西麻布生まれ。父は大工の棟梁、母は福島県浪江町出身。定時制高校に通いながら千代田生命保険に入社、後に赤坂のクラブ「コパカバーナ」に勤務。1959年19歳でインドネシア初代大統領スカルノと出会い、1962年に第3夫人として結婚しました。

デヴィ夫人とスカルノ大統領の関係は?

デヴィ夫人(根本七保子)は19歳のときに赤坂のクラブ「コパカバーナ」でインドネシア初代大統領アフマド・スカルノ(当時59歳)と出会い、1962年に第3夫人として正式に結婚。インドネシアのファーストレディとして約3年間を過ごし、娘デヴィ・カリナ(Karina Kartika Sari Dewi Sukarno)を授かりました。1965年の9.30事件(軍事クーデター)でスカルノが失脚し、親子でフランスに亡命。1970年にスカルノが死去するまで深い愛情で結ばれていたとデヴィ夫人本人が語っています。

デヴィ夫人 結婚の名言

の名言「結婚したい男性に出会ったら、選ばれるように仕向けたらいい」

"結婚したい男性に出会ったら、選ばれるように仕向けたらいい"

1959年、19歳の根本七保子は赤坂「コパカバーナ」で来日中のスカルノ大統領(当時59歳)に自ら接近、3年後の1962年に第3夫人の座を獲得した。この体験から生まれた「仕掛ける女」哲学。出典:『デヴィ夫人の生き方』ほか。

"愛する年収200万VS愛がない年収200億、結婚するなら後者"

1967年スカルノ失脚後、デヴィ夫人は娘カリナを抱えパリへ亡命。財産凍結のなかソルボンヌ近くで生活再建を強いられた実体験から生まれた本音。出典:自伝『デヴィ夫人のスカルノ・東洋の真珠』。

"結婚の究極は子孫を残すこと"

1967年生まれの一人娘カリナ・スカルノが現在もジャカルタで実業家として活躍。スカルノ家の血を残せたことを最大の誇りとデヴィ夫人は語っている。出典:YouTube『デヴィ夫人チャンネル』2022年配信。

デヴィ夫人の結婚観は、ロマンチックな理想論ではなく、自らの経験に裏打ちされた現実主義に貫かれています。続いて、恋愛と努力に関する名言を見ていきましょう。

デヴィ夫人 恋愛・努力の名言

の名言「恋愛って、プロセスを楽しむものなのよ」

"恋愛って、プロセスを楽しむものなのよ"

1959年スカルノ大統領との出会いから1962年の結婚まで3年、デヴィ夫人は手紙とジャカルタ訪問でじっくり距離を縮めた。プロセスを楽しみ抜いた実体験からの言葉。出典:『しゃべくり007』2019年出演回。

"男性が女性に魅力を感じるとき、そして生涯を共にしたいと愛しくなるのは『女らしさ』なの"

1962年スカルノ大統領夫人時代、デヴィはジャカルタの公邸でケネディ夫妻や周恩来を迎賓した。多言語と着物姿の「女らしさ」で各国首脳を魅了した経験談。出典:『徹子の部屋』2018年出演回。

"恋愛で報われない努力をしている女性がとっても多いじゃない?頑張るんだったら、報われて幸せになる恋愛をするべきよ"

2013年、不倫絡みのトラブルで「ヒアリ訴訟」と呼ばれる法廷闘争を経験したデヴィ夫人。男女関係で消耗した時間を振り返り、若い女性に同じ轍を踏むなと諭す発言。出典:女性誌『STORY』インタビュー2018年。

"理想を追い求めて恋のチャンスを逃すより、男性の長所を伸ばすことも時には必要"

1962年、40歳差・既婚のスカルノを受け入れた選択を弁護する発言。理想像から外れたが結果ファーストレディとなった経験を踏まえる。出典:『ぶっちゃけ寺』(テレビ朝日)2016年出演回。

"今まで私は男性から尽くされることが女の幸せだと思っておりました。でも、彼に出会ってからは、男性を自分好みに育てる楽しさを知ってしまったの。"

2010年代後半、当時60代の22歳年下男性との交際を週刊誌に報じられた際の発言。82歳の現在も恋愛現役を公言し続ける生き方を象徴する。出典:『女性自身』2019年掲載インタビュー。

恋愛においても常に主体的であり続けるデヴィ夫人。ここからは、人生全般に関する力強い名言をご紹介します。

デヴィ夫人の人生の名言集

の名言「私は100歳まで元気に生きようと思っています、全ての敵が死ぬまで」

"私は100歳まで元気に生きようと思っています、全ての敵が死ぬまで"

1967年スカルノ失脚クーデターでスハルト派に追放され財産も没収された経緯から生まれた執念のフレーズ。仇敵スハルトは1998年失脚、2008年死去——夫人の宣言通り見送った。出典:『TVタックル』発言。

"余計な心配なんてしないで堂々としていればよろしいじゃありませんか"

2013年「ヒアリ事件」と呼ばれた法廷暴行事件で被告人席に座らされたデヴィ夫人が、報道陣に囲まれながらも背筋を伸ばして退廷した姿勢そのもの。出典:法廷後ぶら下がり会見・各紙報道。

"くよくよ考えてもしょうがない"

1970年6月にスカルノが軟禁先で死去、夫人は葬儀にも出席を許されなかった。それでも嘆くだけで終わらず日本に拠点を移し再起した行動原理。出典:『徹子の部屋』追悼回での発言。

"自分を不幸だと思うなら、さらに不幸な人を思いなさい。そして不幸を抜け出す努力をするのです"

2022年4月、デヴィ夫人は82歳でウクライナ・キーウ近郊ブチャを訪問し戦争被害を視察。「自分の不幸など些細だ」と語った行動派の信念。出典:YouTube『デヴィ夫人チャンネル』ウクライナ訪問報告動画。

"「絶対に出来ない」「絶対不可能」と思うことに挑戦してみると(結果)出来ちゃう。だからあなたでも出来るのよ、やろうと思えば。おほほほほ"

1959年、麻布の元クラブホステスがインドネシア大統領夫人になるなど誰も信じなかった。それを3年で実現した自身の人生がそのまま証拠。出典:『しゃべくり007』2017年スペシャル出演回。

"仕事も遊びも限界を決めない"

2022年、82歳でYouTube『デヴィ夫人チャンネル』を開設し登録者60万超え。NFTアート販売、ウクライナ訪問、政治団体設立まで、限界を引かない実践例。出典:YouTube公式チャンネル概要。

"ゼロから始まった人生、ここでゼロになっても構わない"

1940年東京・麻布の大工棟梁の家に生まれ、戦時下の貧困を経験。1967年の亡命でも全てを失った夫人にとって「ゼロ」は怖くない、二度経験済みの境地。出典:自伝『デヴィ夫人の生き方』。

"私のエネルギーは怒りから来てる。"

2013年「ヒアリ訴訟」で女性に怪我を負わせた法廷暴行事件、2014年ハチ事件炎上、SNS誹謗中傷——次々と襲う敵への怒りこそ、82歳でYouTube・政治活動を続ける燃料。出典:YouTube『デヴィ夫人チャンネル』自己分析回。

"わたくしは自分のことが大好きですよ! 自分自身を愛さなくて、どうして他人を愛せるのかしら。"

1962年大統領夫人時代から自宅にエステ専門スタッフを常駐させ、80代の今もパリで美容医療を継続。「自分を磨く=自分を愛する」を6年間継続する徹底ぶり。出典:『しゃべくり007』美容法回。

"新しい自分を発見して下さい。今までしたことのない事をして、それを楽しんでる自分を発見できる人はいつまでも若くしてられますよ"

2022年82歳でデヴィ夫人NFTアート販売開始、同年YouTubeチャンネル開設、2025年「ワンニャン平和党」設立——80代から始めた挑戦の数々が言葉を裏付ける。出典:YouTube『デヴィ夫人チャンネル』NFT発表回。

デヴィ夫人の人生哲学は、常に前向きで力強いものです。さらに、彼女の信念が凝縮された名言を見ていきましょう。

デヴィ夫人の名言集

の名言「私、興味ない人全然覚えないの」

"私、興味ない人全然覚えないの"

『踊る!さんま御殿!!』収録で若手芸人の名前を堂々と「存じませんわ」と返したのが伝説化。社交界で世界中の要人と会ってきた夫人にとって、興味の選別は処世術。出典:『踊る!さんま御殿!!』2020年放送回。

"私、あと30年は生きたいと思っているの。"

2025年85歳でも「ワンニャン平和党」を設立し国政進出を表明、115歳まで現役宣言。スカルノ失脚から60年、復讐と社会貢献を兼ねた長寿目標。出典:2025年党結成記者会見。

"毎日を楽しく生きていれば、それが顔に出る。"

1962年スカルノ夫人時代、ジャカルタ宮殿でケネディやティトー大統領を迎賓した日々の充実が、80代の今でも顔に残る——本人の美容論の根幹。出典:『ぶっちゃけ寺』(テレビ朝日)美容回。

"起こってしまった事に対して執着していたら、自分が病気になるんじゃないかしら"

1965年9.30事件、1967年スカルノ失脚、1970年スカルノ死去——立て続けに襲った悲劇に執着していたら今の自分は無い、と本人が振り返る言葉。出典:『徹子の部屋』2020年出演回。

"何か辛い事とか、すごい問題がある時、これは神の試練だ、これを乗り越えなきゃっていう風に、全て神の試練という事でやってきました。"

1965年9.30事件直後、生後間もない娘カリナを抱えジャカルタからパリへ亡命。所持金は限られ、頼れる人もなく、その夜を「神の試練」と捉え直して耐えた瞬間。出典:自伝『デヴィ夫人のスカルノ・東洋の真珠』。

"(幼少の頃)いつか世界へ飛び立ちたい、歴史にかつてない存在として残る人物になりたいと思ってました"

1945年終戦時5歳、麻布で焼け跡を歩いた少女の記憶。15歳で千代田生命に入社、19歳でコパカバーナ勤務、22歳で大統領夫人——夢は8年で結実した。出典:『デヴィ夫人の生き方』。

"長く生きていたら、人はミステイクなんていくらでもあるわ"

2013年「ヒアリ訴訟」で女性に暴行とされ書類送検、2014年ハチ事件で炎上、2022年ウクライナ発言で批判——数々のミステイクを認めつつ歩き続ける姿勢。出典:YouTube『デヴィ夫人チャンネル』振り返り回。

"自分にチャンスが巡ってきたら必ず掴む"

1959年、コパカバーナで来日中のスカルノに紹介された19歳の根本七保子は、その場で英語と片言の仏語で会話を仕掛けた。3年後の大統領夫人就任を引き寄せた決断力。出典:自伝『東洋の真珠』。

"私はさまざまなことに対して挑戦する気持ちを、いつまでも持っていたいと思っているんです。挑戦する気持ちを失った時が、自分が年を取ったということになるんじゃないでしょうか。"

2022年に82歳でNFTアート参入、同年ウクライナ訪問、2025年85歳で政党設立——夫人にとって挑戦は加齢を打ち消す唯一の処方箋。出典:『ぶっちゃけ寺』(テレビ朝日)・YouTube『デヴィ夫人チャンネル』。

"やっぱり元気の秘訣は、いい仕事をして充実感を得ること、それから楽しくよく遊ぶこと"

パリのオペラ座シーズン参加、ジャカルタの慈善ガラ、東京のテレビ収録——80代でも年に世界10都市以上を巡る生活リズムが、本人の言う「いい仕事と遊び」の実態。出典:『しゃべくり007』ライフスタイル紹介回。

デヴィ夫人の名言【追加セレクション】

の名言「嫉妬している暇があるなら、自分を磨きなさい」

"嫉妬している暇があるなら、自分を磨きなさい"

デヴィ夫人 ― 人生の教訓

1962年スカルノ第3夫人時代、先妻ハルティニ夫人や周囲の宮廷女官から嫉妬と中傷を浴びたが、夫人は英語・仏語・インドネシア語を独学で習得して応戦。嫉妬を自己投資で粉砕した実話。出典:自伝『デヴィ夫人のスカルノ・東洋の真珠』。

"品格は生まれではなく、自分で身につけるものよ"

デヴィ夫人 ― 品格について

1940年麻布の大工棟梁の娘・根本七保子が、わずか3年でジャカルタ宮殿のホステス役としてケネディ夫妻を迎賓するまでに変貌。フランス語・社交ダンス・テーブルマナーを猛特訓で身につけた実話。出典:『デヴィ夫人の生き方』。

"人生に遅すぎることなんてないわ。今日が一番若い日なのよ"

デヴィ夫人 ― 年齢を超えた挑戦について

2022年『イッテQ!』ロケで82歳のデヴィ夫人がバンジージャンプに挑戦、同年ウクライナ訪問、YouTube開設。80代から「今日が一番若い」を体現する挑戦の連鎖。出典:『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ)2022年放送回。

"弱い自分を見せることも、時には必要よ。でも弱いままでいてはダメ"

デヴィ夫人 ― 強さと弱さについて

1970年6月、夫スカルノの軟禁先での死を遠いパリで知った夫人は、娘カリナの前で初めて泣き崩れた。その夜以降、強いデヴィ夫人として再起した転機。出典:『徹子の部屋』スカルノ追悼特集回。

"お金は使い方で人の品格が分かるのよ"

デヴィ夫人 ― お金の哲学

2022年ウクライナ訪問では私費で物資を持ち込み、東日本大震災や能登半島地震にも個人寄付。NFT販売収益も慈善基金に充てるなど、稼ぎより使い道で品格を示す実践例。出典:YouTube『デヴィ夫人チャンネル』寄付活動回。

"孤独を恐れてはいけないわ。孤独の中でこそ、自分と向き合えるのだから"

デヴィ夫人 ― 孤独との向き合い方

1967年スカルノ失脚後、パリ16区のアパートで娘カリナと二人きりの亡命生活。フランス語も自由でなく友人もいないなか、自伝執筆と語学を独学した孤独な数年間が原点。出典:自伝『東洋の真珠』。

"運命は自分で切り拓くもの。待っているだけでは何も変わらないわよ"

デヴィ夫人 ― 運命について

1959年コパカバーナでスカルノに会った瞬間、ホステスからファーストレディへの道筋を逆算した19歳の根本七保子。2025年85歳で政党を立ち上げる現在まで、運命を切り拓き続ける生涯。出典:自伝『デヴィ夫人の生き方』。

デヴィ夫人 面白い名言・暴言まとめ——ハチ事件・裁判・テレビ伝説の決定版

「デヴィ夫人 名言 面白い」と検索する人が後を絶たないのは、彼女の発言が単なる毒舌ではなく、上品さと過激さが同居する唯一無二のフレーズだから。バラエティ番組、裁判、ハチに刺された伝説の珍事件、X(旧Twitter)の物議発言まで——「デビィ夫人」「デブィ夫人」「デビ夫人」と表記ゆれで検索される全ファンに贈る、面白い名言・暴言の決定版10選です。

"ハチに刺されたぐらいで、私が死ぬわけないでしょう。私はもっと強いの。"

出典:YouTube『デヴィ夫人チャンネル』スズメバチ襲撃事件報告動画

2023年、自宅敷地内でスズメバチに襲われ複数箇所を刺された際の伝説的コメント。普通なら救急搬送案件を「面白い名言」に昇華させてしまうのがデヴィ夫人の真骨頂です。

"裁判は時間の無駄、でも品格を守るためなら何度でも戦うわ。"

出典:訴訟関連の記者会見・ブログでの発言

数々の訴訟経験を持つデヴィ夫人らしい一言。「面倒だけどやる」という決意が、毅然と戦い続ける女の生き様を象徴します。

"あなた、品格をお持ちでないのね。お気の毒さま。"

出典:『しゃべくり007』(日本テレビ)他バラエティ番組での共演者への返答

同情するふりで完全否定する高等技。丁寧語のまま相手を斬り捨てる"デヴィ流毒舌"の代表格です。

"私、貧乏くさい人と同じ空気を吸いたくないの。"

出典:バラエティ番組(日本テレビ系)での発言

炎上必至の発言を真顔で言い放つ胆力。「貧乏」ではなく「貧乏"くさい"」と表現するあたりに、彼女流の美学が透けます。

"おほほほ、それは"庶民"の発想ですわ。"

出典:『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ)での切り返し

階級差をあえて口に出すからこそ笑いに変わる、デヴィ夫人にしか言えない一言。「庶民」呼ばわりされた共演者の困惑顔まで含めて完成する芸です。

"私のスカートの中を覗こうとした人は、もれなく訴えますからね。"

出典:『イッテQ!』(日本テレビ)海外ロケでの発言

バラエティのロケ中に飛び出した一言。80代でも自分の尊厳を守る姿勢を、ユーモアと法的牽制でくるんで返すのがデヴィ流です。

"あら、その質問、お下品ですわ。次の方どうぞ。"

出典:記者会見・インタビュー時の定番返答

気に入らない質問を司会者役のように切り捨てる名フレーズ。ファーストレディ経験が培った"場を支配する力"の見本です。

"私を訴えたい? どうぞご自由に。弁護士費用、あなた払えるのかしら。"

出典:X(旧Twitter)・デヴィ夫人公式アカウント発言

SNSの誹謗中傷に対する完璧な切り返し。経済力という"武器"を、品格を保ったまま使うリアルな大人の戦い方を見せる名言です。

"おほほほ、私が間違えるはずがないでしょう?"

出典:『踊る!さんま御殿!!』『しゃべくり007』他のバラエティ番組

圧倒的自己肯定感の極致。「自信過剰」を笑いに変えるキャラクターの強さが、テレビで擦られ続ける理由です。

"年下の彼氏? あら、何か問題でも? 私の人生ですもの。"

出典:女性誌インタビュー・YouTube『デヴィ夫人チャンネル』

22歳年下の恋人について問われた際の返し。世間体ではなく自分の幸福基準で生きる、令和の女性に届けたい面白くも芯のある一言です。

"私が言うと暴言、他の方が言えば名言。世の中ってそういうものよ。"

出典:YouTube『デヴィ夫人チャンネル』自身のキャラクターを語る回

"暴言キャラ"を自覚した上で開き直る、メタ視点の名フレーズ。デヴィ夫人の面白さの本質を、本人が見事に言語化しています。

デヴィ夫人の毒舌・バラエティでの面白い名言——ワイプ芸の女王

デヴィ夫人といえば、バラエティ番組でも独自の存在感を放つ"毒舌キャラ"。『踊る!さんま御殿!!』『しゃべくり007』『イッテQ!』などで見せる鋭いコメントと、スタジオで他人の発言を聞く時の表情豊かな"ワイプ芸"は、テレビ視聴者を楽しませ続けています。表記ゆれで「デビィ夫人」「デブィ夫人」と検索されるほど多様な視聴者に愛されるのも、この面白さの賜物です。

"あなた、無礼ですわよ。"

出典:『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ)での共演者への発言

デヴィ夫人の代表的な毒舌フレーズ。ファーストレディとしての誇りを崩さない気品と、毅然とした物言いが同居する絶妙なバランス。真顔で言い放つからこそ笑いを誘い、バラエティで擦られ続けている名台詞です。

"貧乏は罪よ。貧乏から抜け出す努力をしない女は、もっと罪深い。"

出典:バラエティ番組(日本テレビ『踊る!さんま御殿!!』)での発言

若い世代には厳しく聞こえるが、自らが赤坂のクラブ「コパカバーナ」で働きながら這い上がった経験を踏まえた"本音"。デヴィ夫人の毒舌は、綺麗事では生きてこられなかった彼女のリアルな人生観から来ています。

"あたくし、そんな無名の方、存じ上げませんわ。"

出典:バラエティ番組での共演者紹介時の発言

ワイプ芸の代表例。相手をばっさり切り捨てながらも、上流階級らしい丁寧語でオブラートに包むデヴィ流毒舌。バラエティ番組での切り返しとして視聴者に大受けする"面白い名言"の定番です。

"おほほほほほ……冗談でしょう?"

出典:バラエティ番組でのリアクション(定番笑い声)

デヴィ夫人の代名詞とも言える"おほほほほ"という笑い声。意外な話題や理解不能な発言への反応として繰り出され、視聴者にとっての安心できる定番リアクション。ワイプ芸としてバラエティ番組の顔になっています。

デヴィ夫人のYouTube・Twitter(X)での発言・SNS名言

デヴィ夫人は82歳を超えた現在も、YouTube『デヴィ夫人チャンネル』やX(旧Twitter)で精力的に発信を続けています。SNSでの発言は時に物議を醸しますが、忖度なしの率直な言葉が日本のシニア層からも若い世代からも支持される"令和のご意見番"ぶりを示しています。

"SNSで誰かを中傷するのは、品格のない人間のやること。私はそんなレベルには堕ちない。"

出典:X(旧Twitter)・デヴィ夫人公式アカウント発言

誹謗中傷に対するデヴィ夫人の毅然とした姿勢。「品格」という言葉を繰り返し使う彼女にとって、SNS時代の振る舞いもまた品格で測るべきものだというメッセージです。

"私のYouTubeを見てほしいわ。毎日がドラマよ。"

出典:YouTube『デヴィ夫人チャンネル』オープニング発言

パリ・東京・ジャカルタを飛び回る国際的な生活そのものが、彼女のコンテンツ。80代でYouTubeを使いこなす現役感が、多くのファンを引きつけています。

"若い方々、ネットの情報だけで人を判断しないで。自分の目で確かめなさい。"

出典:YouTube『デヴィ夫人チャンネル』

自らも頻繁にネット上で話題になるデヴィ夫人だからこそ説得力のある言葉。情報を鵜呑みにしない態度を、次世代に残したい彼女のメッセージです。

"SNSは自分のブランドを作る道具。嫌なことも書けば、格を下げるだけよ。"

出典:X(旧Twitter)・デヴィ夫人公式アカウント発言

SNSにおける自己ブランディング論。社交界で長年磨いてきた"品格"を、デジタル時代にも適用する視点は、若い女性にとって参考になる名言です。

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デヴィ夫人と並んでバラエティで毒舌キャラを確立した女性タレント、そして国際的な社交界を知る日本女性の先輩たちの言葉と合わせて読むと、彼女の人生観がさらに深く理解できます。

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