鈴木大拙の名言25選|「我々は知性に生きるのではなく意志に生きるのだ」「死を恐れるのは、やりたい仕事を持たないからだ」禅を世界に広めた仏教学者の言葉
鈴木大拙(1870年〜1966年)は、石川県金沢市に生まれた仏教学者・禅研究者。本名は鈴木貞太郎。鎌倉円覚寺の今北洪川・釈宗演に師事し、1897年に渡米。英語による禅の著作を多数刊行し、日本の禅思想を世界に広めた「禅の伝道師」として知られる。
コロンビア大学客員教授も務め、欧米の知識人に多大な影響を与えた。困難に直面したとき「それはそれとして」と一旦置いて冷静に対処する姿勢は、禅の精神の体現そのものだった。95歳まで研究・執筆を続けた大拙の言葉は、知性を超えた意志と実践の哲学に満ちている。
鈴木大拙ってどんな人?
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 名前 | 鈴木 大拙 (すずき だいせつ) |
| 本名 | 鈴木 貞太郎 (すずき ていたろう) |
| 生年月日 | 1870年11月11日 |
| 没年月日 | 1966年7月12日 |
| 出身地 | 石川県金沢市 |
| 職業 | 仏教学者、文学博士 |
| 宗派 | 臨済宗 |
| 師匠 | 今北洪川、釈宗演 |
| 受賞 | 文化勲章、日本学士院会員 |
鈴木大拙は、1870年11月11日に石川県金沢市で生まれました。本名は鈴木貞太郎です。彼は石川県専門学校(後の第四高等中学校)に入学し、西田幾多郎と出会い、生涯の友となりました。その後、東京専門学校(現在の早稲田大学)や東京帝国大学で学び、在学中に鎌倉円覚寺の今北洪川と釈宗演に師事しました。1897年に渡米し、イリノイ州の出版社で働きながら『大乗起信論』や『大乗仏教概論』の英訳を刊行しました。1909年に帰国し、学習院や大谷大学で教鞭をとり、仏教の研究と普及に努めました。彼の著作は英語でも多く書かれ、日本の禅文化を海外に広める役割を果たしました。1949年には文化勲章を受章し、日本学士院会員となりました。1952年から1957年までコロンビア大学の客員教授として滞在し、仏教思想を講じました。1966年7月12日に東京築地の聖路加病院で亡くなりました。彼の思想と著作は、今なお多くの人々に影響を与え続けています。
名言「それはそれとして」で乗り越える困難
鈴木大拙(すずき だいせつ)は、仏教学者として多くの人々に影響を与えました。彼がよく使った言葉「それはそれとして」は、困難な状況や問題に直面したときに、冷静に対処するための心構えや切り抜け方を教えてくれます。この言葉を使ったエピソードをいくつか紹介します。
夫婦のもめ事の相談: ある時、鈴木大拙のもとに夫婦のもめ事を抱えた夫と妻が相談に来ました。大拙は二人の話を丁寧に聞いた後、「それはそれとして」と切り出し、自分の意見を述べ、アドバイスをしました。この言葉を使うことで、問題の次元を変え、冷静に本質を見つめることができるように導いたのです。
日常の困難に対する対応: 鈴木大拙は、日常生活の中でさまざまな困難に直面することがありましたが、そのたびに「それはそれとして」とつぶやき、問題を一旦脇に置いて冷静に対処しました。この言葉は、問題に対する執着を手放し、次のステップに進むための心の整理を助けました。
弟子たちへの教え: 鈴木大拙は弟子たちにも「それはそれとして」という言葉をよく使いました。弟子たちが悩みや困難に直面したとき、この言葉を使って冷静に対処するように教えました。これにより、弟子たちは問題に対する新しい視点を持ち、より柔軟に対応できるようになりました。
鈴木大拙の功績とエピソード
禅を西洋世界に紹介した最大の功労者
大拙は英語で『禅仏教入門』などの著作を多数発表し、西洋世界に禅の思想を紹介した最大の功労者である。ハイデガーやユングなど西洋の知識人に深い影響を与え、1960年代のアメリカのカウンターカルチャーにおける禅ブームの火付け役となった。
95歳まで現役——世界を股にかけた知的活動
大拙は80代になってもコロンビア大学で教鞭を執り、世界各地で講演を行った。95歳で亡くなるまで著述活動を続け、生涯で100冊以上の著作を残した。「禅とは日常生活そのものだ」という教えを自ら体現した。
「大拙」の名の由来——老子の「大巧は拙なるが若し」
「大拙」という号は老子の「大巧は拙なるが若し(真に巧みなものは一見拙く見える)」に由来する。この名の通り、大拙の禅の解説は平易な言葉で深い真理を伝えるものであり、学問的な厳密さと一般読者へのわかりやすさを両立させた。
禅・意志・生きることの言葉

"我々は知性に生きるのではなく、意志に生きるのだ。"
出典:鈴木大拙の著作・講演. 理論や分析より、実際に動く意志の力こそが人間の生を支えるという、禅的な実践重視の思想。
"禅は日々の生活を生きることであって、外からそれを眺めることではない。外から眺める時には必然的に、実際に生きるという事実から遠ざかってしまう。"
出典:鈴木大拙『禅』. 禅は観察や分析の対象ではなく、日々の生活そのものに宿るもの。理論より実践・体験を重んじる禅の本質。
"偉大な仕事は、人が打算的になっておらず、思考していないときになされる。"
出典:鈴木大拙の著作・講演. 計算や思考を超えた無心の状態から、本当に偉大な仕事が生まれるという禅的な創造論。
"依頼心を捨てよ。これに尽きる。"
出典:鈴木大拙の講演・対話. 他者や状況に頼ることをやめ、自己の中に力の源を見出すことが禅の自立精神の核心だという言葉。
"悩みの解決は矛盾を超越するところに見られる。人間は反省する、分別する、矛盾を見る、悩むとすれば、その矛盾を超越するより外に解決の途はない。"
出典:鈴木大拙の著作. 悩みは論理的に解決できるものではなく、矛盾そのものを超えることで初めて安心が得られるという禅の教え。
"東洋の心は無心になる事。どこまでいっても無限で天地の分かれがない。"
出典:鈴木大拙の講演・著作. 東洋思想の核心は「無心」にある。自我や分別を手放したとき、無限の広がりと一体になれるという禅的な境地。
"西洋人は物事を頭で考えて分析・比較・対照するが、東洋人は全体を見て腹で考える。"
出典:鈴木大拙の著作・講演. 東西の思考様式の根本的な違いを鋭く指摘した言葉。禅は分析より直観・体感を重んじる。
仕事・日々の営み・正直さの言葉

"人間は偉くならなくとも一個の正直な人間となって信用できるものになれば、それでけっこうだ。真っ黒になって黙々として一日働き、時期が来れば『さよなら』で消えていく。このような人間を偉い人だと自分はいいたい。"
出典:鈴木大拙の対話・著作. 名声や地位ではなく、誠実に働き続けることの中に本当の「偉さ」があるという大拙の人間観。
"われわれの一生というものは、なにも目を驚かして偉い者になろうとか、なったとかいうところにあるのでなくして、日々の仕事をやることが一番です。"
出典:鈴木大拙の対話. 特別な「大きさ」を目指すより、今日の仕事を誠実にこなすことが人生の本質だという大拙の価値観。
"仕事の最中、仕事そのものにとって、評価は重要ではない。第二義の問題である。"
出典:鈴木大拙の著作・対話. 他者の評価を気にしながら働くのは本末転倒。仕事に没頭することそのものが第一義だという言葉。
"死を恐れるのは、やりたい仕事を持たないからだ。やりがいのある、興味ある仕事に没頭し続ければ死など考えているヒマがない。死が追ってくるより先へ先へと仕事を続ければよいのである。"
出典:鈴木大拙の著作・講演. 95歳まで精力的に働き続けた大拙自身の生き方を体現した言葉。死の恐怖を消す最善の方法は仕事への没頭。
"困るときには、ただ困るだけでなく、なんとかするんだね。あとは天にまかす、「人事を尽くして天命を待つ」だね。"
出典:鈴木大拙の対話(NHKインタビューより). 困難に際して自分の最善を尽くし、あとは天に委ねるという禅的な処世哲学。
苦しみ・悲しみ・美の言葉

"悲しみのパンを口にすることなくしては、あなたは真実の人生を味わうことはできない。"
出典:鈴木大拙の著作. 悲しみや苦しみを経験することが、人生の深みと真実を知るための不可欠な道だという言葉。
"美は過去も未来もなく、唯、現在あるが故に、いつも生きているのだ。"
出典:鈴木大拙の著作. 真の美は「今この瞬間」にのみ存在する。過去への郷愁や未来への期待を手放したとき、美は永遠に生き続ける。
"人間は知恵で色々と分析をして、時間というものを立てて……本当の無限の中に入れば、全てそういうものは無くなる。無くなれば未来は無くなる。"
出典:鈴木大拙の講演. 時間・過去・未来という概念は人間の知性が作り出したもの。無限の中に入れば、それらは溶けてなくなるという禅的な時間論。
"死中、夢中、ひとまとめにして丸飲みするということができれば、仏教的になりますけど、そこに本当の安心ができる。"
出典:鈴木大拙の対話. 生死や夢現の区別を超えて、すべてをそのまま受け入れることができたとき、本当の安らぎが訪れるという禅の境地。
"科学が万能だというのは近代人の一つのミスですね。"
出典:鈴木大拙の講演・著作. 科学・合理性万能主義への警鐘。知性では届かない領域が人間の内にあることを、禅の立場から指摘した言葉。
自己・人間・文明への問いの言葉

"今日文明開化の人々がなくてはならぬと云うようなものは、原始生活をして居るものには何も要らない。"
出典:鈴木大拙の著作. 文明が「必需品」と称するものの多くは、実は不要なものであるという逆説。本質的な生き方への問いかけ。
"禅の本質は、既成の考えから解放されることにある。"
出典:鈴木大拙の著作(伝承). 禅は特定の教義や形式に縛られない。すでに持っている固定観念から自由になることが禅の核心。
"悟りとは、突然起こる内的な意識の変革であり、外部から与えられるものではない。"
出典:鈴木大拙の著作(伝承). 禅の悟りは誰かから授けてもらうものではなく、自らの内側で起こる革命的な意識の転換だという大拙の禅観。
"禅は花を愛でることにあり、花を愛でることは花になることにある。"
出典:鈴木大拙の著作(伝承). 対象を外から観察するのではなく、対象と一体となること——禅の直観的なあり方を詩的に語った言葉。
"それはそれとして"
出典:鈴木大拙の口癖・対話
"禅は特別なことではない。お茶を飲み、ご飯を食べること、それが禅だ。"
出典:鈴木大拙の講演・著作
"本当の自由とは、何ものにも縛られない心の状態をいう。"
出典:鈴木大拙の著作
"一切の存在は相互に関連し合っている。独立した存在などどこにもない。"
出典:鈴木大拙の仏教論
"考えすぎることは、生きることの妨げになる。"
出典:鈴木大拙の対話
"人間の最大の敵は、自分自身の中にある。"
出典:鈴木大拙の講演
"真の知識は体験からしか得られない。"
出典:鈴木大拙の教育論
"言葉で伝えられないものがある。それを伝えるのが禅だ。"
出典:鈴木大拙の禅思想
"今この瞬間を生きること、それが悟りの第一歩だ。"
出典:鈴木大拙の著作
"心が静かであれば、世界も静かになる。"
出典:鈴木大拙の講演・著作
"執着を手放すことは、失うことではなく、得ることだ。"
出典:鈴木大拙の禅思想
"自然のままに生きることが、最も美しい生き方だ。"
出典:鈴木大拙の著作
"禅の修行とは、日常の中にある。特別な場所は必要ない。"
出典:鈴木大拙の講演
"対立を超えたところに、真の調和がある。"
出典:鈴木大拙の東西思想論
"一杯の茶に宇宙が宿っている。"
出典:鈴木大拙の茶禅論
鈴木大拙の名言に関するよくある質問
鈴木大拙の「それはそれとして」とはどういう意味ですか?
鈴木大拙がよく使った「それはそれとして」は、問題や困難に直面したとき、一旦その問題を脇に置いて冷静に対処する禅的な心構えを表す言葉です。執着から離れ、次のステップへ進むための知恵として、多くの場面で使われました。
鈴木大拙はなぜ「禅の伝道師」と呼ばれるのですか?
鈴木大拙は英語で禅に関する著作を多数刊行し、コロンビア大学の客員教授として欧米で講演を行いました。ハイデガーやユングなど西洋の知識人に深い影響を与え、日本の禅思想を世界に広めた最大の功労者として「禅の伝道師」と呼ばれています。
鈴木大拙の名言で最も有名なものは何ですか?
「我々は知性に生きるのではなく、意志に生きるのだ」が最も有名な名言の一つです。理論や分析より実際に動く意志の力が人間の生を支えるという、禅的な実践重視の思想を端的に表しています。
鈴木大拙の本名と「大拙」の由来は何ですか?
本名は鈴木貞太郎です。「大拙」という号は老子の「大巧は拙なるが若し(真に巧みなものは一見拙く見える)」に由来します。平易な言葉で深い真理を伝える大拙の禅の解説スタイルにふさわしい名です。
鈴木大拙は何歳まで活動を続けましたか?
鈴木大拙は95歳で亡くなるまで著述活動を続けました。80代でもコロンビア大学で教鞭を執り、世界各地で講演を行い、生涯で100冊以上の著作を残しました。
鈴木大拙の思想は現代にどう活かせますか?
「それはそれとして」に代表される執着を手放す姿勢は、ストレス社会を生きる現代人にも有効です。禅の「今この瞬間を生きる」思想はマインドフルネスの源流であり、仕事や人間関係の悩みを乗り越えるヒントとして広く活用されています。
よくある質問
鈴木大拙の最も有名な名言は?
本記事で紹介している代表的な名言の一つが「我々は知性に生きるのではなく、意志に生きるのだ。」です。鈴木大拙の人生哲学を端的に表す言葉として読者に親しまれており、その背景には本人の経験や思想が色濃く反映されています。
鈴木大拙はどんな人物ですか?
鈴木大拙(1870年〜1966年)は、石川県金沢市に生まれた仏教学者・禅研究者。本名は鈴木貞太郎。
鈴木大拙の名言の特徴は?
「禅は日々の生活を生きることであって、外からそれを眺めることではない。外から眺める時には必然的に、実際に生きるという事実から遠ざかってしまう。」のように、人間や人生への深い洞察を表す言葉が数多く残されています。本記事には36を超える名言を収録しており、いずれも鈴木大拙の生き様や信念を反映した重みのある言葉ばかりです。
鈴木大拙の名言から何が学べますか?
「偉大な仕事は、人が打算的になっておらず、思考していないときになされる。」のような言葉から、困難に立ち向かう姿勢や人生に対する向き合い方を学ぶことができます。鈴木大拙の言葉は、自分の生き方を見つめ直したいときや、新たな一歩を踏み出したいときの指針として多くの人の心の支えになっています。