長嶋茂雄の名言30選!「我が巨人軍は永久に不滅」の全文や努力の名言

長嶋茂雄は1936年千葉県生まれの元プロ野球選手・監督。1958年に読売ジャイアンツに入団し、デビュー戦で国鉄・金田正一から4打席連続三振を喫するも、新人王・本塁打王・打点王を同時獲得。通算2471安打・444本塁打、首位打者6回・MVP5回を記録。監督としてもV9後のジャイアンツを率い、2013年に国民栄誉賞を受賞した。2025年6月3日に逝去。

1959年6月25日、昭和天皇が観覧した「天覧試合」で、9回裏にサヨナラ本塁打を放った瞬間は日本プロ野球史上最も劇的な場面として語り継がれている。1974年の引退セレモニーで発した「我が巨人軍は永久に不滅です」は、チームへの深い愛情を凝縮した一言として、野球を超えた名言になった。

長嶋茂雄ってどんな人?

項目内容
生年月日1936年2月20日
没年2025年6月3日
出身地千葉県印旛郡臼井町(現・佐倉市)
初期のクラブ読売ジャイアンツ
通算安打数2471安打
通算本塁打数444
通算MVP5回
首位打者6回
本塁打王2回
打点王5回
名言「我が巨人軍は永久に不滅です」
長嶋茂雄の略歴

長嶋茂雄は、1936年2月20日に千葉県印旛郡臼井町(現・佐倉市)で生まれました。彼は1958年に読売ジャイアンツに入団し、その年の新人王、本塁打王、打点王を獲得しました。彼の活躍は止まることなく、その後も多くの記録を打ち立てました。彼は日本プロ野球において400本塁打・2000安打の同時達成は大卒では史上初である。NPB最多記録となる最多安打を10回獲得、セ・リーグ最多記録となる首位打者を6回獲得しました。1974年10月14日、長嶋茂雄さんは挨拶であの名言「我が巨人軍は永久に不滅です」を残し現役を引退しました。引退後すぐに長嶋茂雄さんはジャイアンツの監督に就任、1980年までチームを導きます。2025年6月3日朝方に

伝説の天覧試合

長嶋茂雄の伝説の中でも特に有名なのが、1959年6月25日に行われた天覧試合でのサヨナラホームランです。天覧試合とは、天皇・皇后両陛下のご臨席を賜った試合のことを指し、プロ野球ではこの試合が唯一の例です。試合は巨人対阪神戦で、長嶋さんや王貞治さんらのホームランも飛び出す見ごたえのあるものでした。試合は同点のまま9回裏を迎え、両陛下がご退席される21時15分の3分前に長嶋さんへ打席が回ってきました。長嶋さんはレフトポール際にサヨナラホームランを放ち、試合に決着をつけました。長嶋さんはホームベースを回っている途中で拍手をしている両陛下の姿を目の当たりにし、のちに「野球をやっていて良かった」と当時を振り返っています。

引退スピーチ「我が巨人軍は永久に不滅です」全文

「我が巨人軍は永久に不滅です」

長嶋茂雄 名言 「我が巨人軍は永久に不滅です」

次スピーチは長嶋茂雄の引退スピーチで巨人軍とファンに対する感謝の気持ちと、巨人軍の未来への決意を表現したもので、多くのファンに感動を与えました。また、このスピーチの中で最も有名なフレーズ「我が巨人軍は永久に不滅です」は、長嶋茂雄さんの強い信念と巨人軍への愛情を象徴する言葉として、今もなお語り継がれています。

全文「昭和33年、栄光の巨人軍に入団以来、今日まで17年間、巨人並びに長嶋茂雄のために、絶大なるご支援を頂きまして、誠にありがとうございました。皆様から頂戴致しましたご支援、熱烈なる応援を頂きまして、今日まで、私なりの野球生活を続けて参りました。今ここに、自らの体力の限界を知るに至り、引退を決意致しました。振り返りますれば、17年間にわたる現役生活、いろいろなことがございました。その試合をひとつひとつ思い起こしますときに、好調時は皆様の激しい、大きな拍手をこの背番号3を、さらに闘志を掻き立ててくれ……。また、不調なとき、皆様のあたたかいご声援の数々のひとつに支えられまして……。今日まで支えられてきました。不運にも、我が巨人軍はV10を目指し、監督以下、選手一丸となり死力を尽くして最後の最後までベストを尽くし闘いましたが、力ここに及ばず、10連覇の夢は敗れ去りました。私は、今日、引退を致しますが、我が巨人軍は永久に不滅です!今後、微力ではありますが、巨人軍の新しい歴史の発展のために、栄光ある巨人が明日の勝利のために、今日まで皆様方から頂いたご支援、ご声援を糧としまして、さらに前進して行く覚悟でございます。長い間皆さん、本当にありがとうございました。」

長嶋茂雄の「努力」がわかる名言

「天才とは、99%の努力と1%のひらめきである。」

長嶋茂雄 名言 「努力」

解説:「天才」と呼ばれた長嶋茂雄。その華やかなプレーの裏側にあったのは、誰よりも地道な努力でした。この言葉は、ひらめきや才能だけでは頂点には届かないという、長嶋氏自身の実感から生まれたものです。1%のひらめきを活かすためには、その何倍、何十倍もの鍛錬が必要だという教え。つまり、天才とは「努力の量を天才的に積み重ねられる人」のことなのです。見えない時間をどれだけ積んできたか、その“見えない99%”が、他者には真似できない輝きになることを、この名言は教えてくれます。

「どれだけ苦しくても、目の前の練習を一つ一つやり遂げる。それが大事なんだ。

長嶋茂雄 名言 「努力」

解説:成功とは、特別な才能を持つ者だけが手にするものではない。この名言からは、「目の前のことを、苦しくても丁寧にやり抜く」という長嶋氏の姿勢が伝わってきます。華やかな結果は、日々の地味で単調な努力の積み重ねからしか生まれません。苦しい時ほど、自分の足元にある“小さな一歩”に集中できるか、この言葉は、プロだけでなくすべての挑戦者へのエールでもあります。努力とは、才能に頼るものではなく、“やり遂げる力”そのものなのです。

「素振り一つに全てを込める。それがプロとしての覚悟だ。」

長嶋茂雄 名言 「努力」

解説:一見単純な素振りも、長嶋茂雄にとってはプロとしての真剣勝負の一環です。この言葉からは、基本を徹底する姿勢と、それを何度も繰り返す忍耐力が感じられます。基礎を侮らない彼の努力家としての一面がよく伝わる言葉です。

長嶋茂雄の「面白い」名言

「ホームランを打った後、どのベースから回るか悩んだことがあるんだ。」

長嶋茂雄 面白い名言

解説:長嶋茂雄の天然な一面が垣間見えるユーモラスな名言です。普通の人にはありえない話ですが、彼ならではの天才的でちょっとお茶目なエピソードが、多くの人を笑顔にしています。

「バッターボックスに入ったら、何も考えちゃいけない。ただ、打つ。それだけだ!」

長嶋茂雄 面白い名言

解説:長嶋茂雄の大胆で本能的なプレースタイルを象徴する言葉です。一見無謀に聞こえますが、練習で培った感覚を信じることが大切だという裏メッセージが込められています。彼の豪快なキャラクターがよく伝わる発言です。

「僕が守備をしている時、ボールが怖くて目をつむるんだ。でもね、不思議とボールがグローブに入るんだよ!」

長嶋茂雄 面白い名言

解説:長嶋茂雄らしい天然エピソードが光る名言です。プロ野球選手としてあり得ないように思えますが、彼の天性の才能とユーモアが詰まった一言です。この発言は彼がいかに直感的で感覚派の選手であったかを物語っています。

「一塁と三塁の区別?いやー、勢いでやってますよ!」

長嶋茂雄 面白い名言

解説:野球の基本である塁の位置すら、勢いで乗り切るという大胆なコメントです。彼の人懐っこい性格と、天才だからこその自由な発想を感じさせる一言。凡人には到底理解できない天才的な感覚を垣間見せています。

「ピッチャーが投げた瞬間、どのくらいカーブするか分かるんだ。でも打てるかどうかは別問題だよね!」

長嶋茂雄 面白い名言

解説:卓越した洞察力とちょっとしたお茶目さが同居した名言です。彼の能力の高さを感じると同時に、それでもミスすることを笑いに変えるユーモアがあります。長嶋茂雄の人間味あふれる魅力を象徴する発言です。

長嶋茂雄の不滅の名言集

名言1

グランドに出たなら、先輩後輩の序列はないんだ。

名言2

長嶋茂雄であり続けることは、結構苦労するんですよ。

名言3

絶対に負けちゃいけない日、私はベンチで異常になる。

名言4

魂を込めて打てば、野手の正面をついたゴロでもイレギュラーする。

名言5

プロなら陰の苦労や苦悩を人前でみせるべきでない。

名言6

努力してますと練習を売り物にする選手は、プロフェッショナルといえない。

名言7

小さな白い球との長い戦いが終わったことを知りました。

名言8

若いプレイヤーが昔のように心から感動したり、感動しきれない。
それは、やはり時代でしょう。
だけど感動を知らない人生というのは、何か生きている味わいみたいなものがないわけです。
感動はスポーツばかりじゃありません。
あらゆるジャンルにある。
何かに感動しながら日々新たな気持ちで挑戦して行く。
これこそ生きる上での一番の王道と言えるのではないでしょうか。

名言9

いつもずっと思っていることは、現実になっていきます。
よいことを常に思っていましょう。

名言10

小さなボールと一本のバットには運命と人生がつまっている。

長嶋茂雄の名言集

名言11

デビュー開幕戦でも4連続三振。 監督としても最初は最下位。 あとはよくなるばかりだと思うしかなかった。

名言12

雨を喜び、風を楽しみ。

名言13

スランプなんて気の迷い。 ふだんやるべきことを精一杯やって、土台さえしっかりしていれば、スランプなんてありえない。 ぼくはいつも、「オレは絶対打てる」という気持ちでボックスに立っていますよ。

名言14

ウサギとカメならカメでいい。 我慢する勇気が重要なんです。

名言15

結果が悪ければ天もファンも見限る。 それが監督業。 負けるのは監督が悪い。

名言16

なぜ逃げるのか。 打たれて命を取られるのか。 打たれたからって命を取られるわけないんだ。 逃げるな。

名言17

挫折してもプライドは失わない、それは努力しているからだ。

名言18

チームコンダクターっていうのはね、いつも顔色をよくしとかんといかんのですよ。 コンダクターが暗い顔でいたんじゃ仕様がない。 体調をよくして、いつも元気いっぱいなところを見せないと選手はついてこないし、チームも元気がなくなるもんです。

名言19

野球というスポーツは人生そのものです。

名言20

口惜しかったさ、そりゃもう。 でも、あれほどいい三振もなかった。 あれほど生きた三振というのもなかった。

長嶋茂雄の名言集

名言21

僕は三塁のホットコーナーを守ってやってきた。 三塁ベースは僕の恋人です。 それが守れなくなったら潔く引退します。

名言22

努力は人が見てないところでするものだ。 努力を積み重ねると人に見えるほどの結果がでる。

名言23

ショービジネスとしてね、見せる一つの商売からいきましてね、同じ負けでも全くいい負け方であったというイメージを持って、ファンに家路についてほしい。

名言24

なにか一つのことに脇目も振らずに打ち込める時期を持てる人は幸せかもしれない。 今の若い人達はのめりこめるものを見失っている。 不幸な時代だとは思うけども、時代のせいにするのはどうかな。

名言25

英語で「サムシング」といいますね、「何か」。 そのサムシングをつかむのは、理論でもトークでもない。 やっぱり心と心のぶつかり合いですよね。

名言26

スターというのはみんなの期待に応える存在。 でもスーパースターの条件は、その期待を超えること。

名言27

野球選手には人間関係で悩む暇などない。 すべてはバットを振り、ボールを追いかけることで解決すべきなのだ。

名言28

「あしたはきっと良いことがある」。 その日、ベストを出しきって駄目だったとしても、僕はそう信じ、ただ夢中でバットを振ってきました。 悔いはありません。

名言29

少なくとも、セオリー通りの安全な道ばかり歩いていては、生きがいなんか生まれませんよ。 ときには冒険も必要です。 周囲の批判を恐れず、「俺はできるんだ」とやり抜く – それが男のロマンでしょう。

名言30

来た球を打て!

長嶋茂雄の功績とエピソード

天覧試合でのサヨナラ本塁打——日本プロ野球最大の名場面

1959年6月25日、昭和天皇が初めてプロ野球を観戦された天覧試合で、長嶋茂雄は村山実からサヨナラ本塁打を放った。巨人対阪神、4対4の同点で迎えた9回裏、長嶋の一振りが日本のプロ野球史上最も有名な一打となった。この瞬間は日本スポーツ史における伝説として永遠に語り継がれている。

デビュー戦で金田正一から4打席4三振

1958年4月5日、長嶋のプロ初打席の相手は国鉄スワローズのエース・金田正一だった。結果は4打席4三振。しかしこの日から長嶋は立教大学時代の評判通りの活躍を見せ、新人王を獲得。首位打者6回、本塁打王2回、MVP5回という輝かしい記録を残し「ミスタープロ野球」の称号を得た。

引退セレモニー——「我が巨人軍は永久に不滅です」

1974年10月14日、後楽園球場で行われた引退セレモニーで、長嶋は「わが巨人軍は永久に不滅です」という名言を残した。球場を埋め尽くしたファンの大歓声の中、ダイヤモンドを一周する長嶋の姿は日本中の涙を誘った。この言葉は日本スポーツ史上最も有名なスピーチとして今も人々の心に刻まれている。

長嶋茂雄の名言をもっと紹介

の名言「人間は夢中になっている時が一番輝いている。夢中になれるものを見つけなさい」

"人間は夢中になっている時が一番輝いている。夢中になれるものを見つけなさい"

若手選手への激励として

長嶋茂雄が「ミスタープロ野球」「ミスタージャイアンツ」と呼ばれるのは、単に数字を残したからではない。三振する時すら豪快にヘルメットを飛ばし、凡退時でも一塁へ全力疾走する華やかなプレースタイルが、ファンの心をつかんで離さなかった。通算444本塁打・打率.305という数字以上に、人々が見たかったのは「長嶋がそこにいる」という空気感そのもの。1974年の引退試合で発した「我が巨人軍は永久に不滅です」は日本プロ野球最高の名言として今も受け継がれている。

"ファンがいてくれるから野球ができる。ファンの前では常に最高の姿を見せなければならない"

プロ意識について語ったインタビューにて

2004年3月、アテネ五輪を前にした野球日本代表監督だった長嶋は脳梗塞で倒れ、右半身に麻痺が残る重篤な状態となった。医師から「野球への復帰は困難」と宣告されたが、長嶋は過酷なリハビリを続け、杖をついて歩くまでに回復。2013年には国民栄誉賞を受賞し、2014年5月5日には東京ドームでの国民栄誉賞表彰式に松井秀喜と共に登場。ユニフォーム姿で始球式を行い、満員の観衆から割れんばかりの拍手を浴びた。倒れてから10年、「野球が自分を救ってくれた」と長嶋は語った。

"負けた時こそ笑え。悔しさを内に秘めて、次の試合で見返してやればいい"

チームが連敗した際の監督時代の言葉

"練習は嘘をつかない。自分が費やした時間は、必ず体が覚えている"

自主トレーニングの重要性を説いた際の言葉

1959年6月25日、後楽園球場で行われた巨人対阪神戦は、昭和天皇・皇后両陛下を迎えた日本プロ野球史上唯一の「天覧試合」だった。4対4の同点で迎えた9回裏、打席に立った長嶋茂雄は阪神の村山実の内角低めのボールをすくい上げ、ライトポール際へサヨナラ本塁打。天皇陛下の御前で決めたこの劇的な一打は、戦後日本がプロスポーツで歓喜を共有した原点として今も語り継がれている。まさに数字ではなく、国民の記憶に焼き付いた一本だった。

"記録よりも記憶に残る選手でありたい。数字では表せないものが野球にはある"

現役時代を振り返ったインタビューにて

よくある質問

長嶋茂雄の最も有名な名言は?

「我が巨人軍は永久に不滅です」が最も有名な言葉です。1974年10月14日の引退セレモニーで発した一言で、チームへの深い愛情を凝縮した、野球を超えた名言として今も語り継がれています。

長嶋茂雄はどんなアスリートですか?

1936年千葉県生まれの元プロ野球選手・監督です。1958年に読売ジャイアンツに入団し、その年の新人王、本塁打王、打点王を獲得しました。監督としてもジャイアンツを率い、2013年に国民栄誉賞を受賞。2025年6月3日に逝去しました。

長嶋茂雄の代表的な記録・実績は?

通算2471安打・444本塁打、首位打者6回、本塁打王2回、打点王5回、MVP5回を記録。日本プロ野球において400本塁打・2000安打の同時達成は大卒では史上初です。NPB最多記録となる最多安打を10回獲得しました。

長嶋茂雄の名言が選手・ファンに響くのはなぜ?

1959年6月25日昭和天皇が観覧した「天覧試合」で9回裏にサヨナラ本塁打を放った瞬間など、日本プロ野球史上最も劇的な場面を体現してきた人生が言葉に重みを与えるからです。チームへの深い愛情と闘魂を感じさせる言葉が、世代を超えて愛され続けています。

名言の学校 編集部 日本語・英語・スペイン語・ポルトガル語の4言語で名言を検証・解説する多言語編集部。すべての名言は一次資料による出典確認を経て公開。