矢沢永吉の名言25選!「成りあがり」の意味や夢を追い続ける勇気の言葉も解説
矢沢永吉は1949年生まれ、広島県出身のロックミュージシャン。愛称は「永ちゃん」「ボス」。1972年にバンド「キャロル」でデビュー後、ソロ転向して半世紀以上にわたり日本を代表するロックスターとして君臨。1978年にはニューヨークで日本人として異例のコンサートを成功させ、パイオニア精神を体現してきた。
「成りあがり。大好きだね、この言葉。素晴らしいじゃないか。こんな、何もかもが確立されきったような世の中で、成りあがりなんて……せめて、やってみろって言いたいよ」——この言葉は、広島の貧しい家庭に生まれた矢沢永吉が、自分の足だけで這い上がってきた人生そのものから出た言葉だ。夢を追う者へのこれ以上ないエールとして、今も多くの人に語り継がれている。
矢沢永吉ってどんな人?
矢沢永吉さんは、1949年9月14日に広島県広島市仁保(現南区)で生まれました。彼はロックミュージシャンとして知られており、愛称は「永ちゃん」や「ボス」です。彼の音楽人生を見ていきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 1949年9月14日 |
| 出身地 | 広島県広島市仁保(現南区) |
| 身長 | 180 cm |
| 血液型 | B型 |
| 職業 | ロックミュージシャン、歌手 |
| 担当楽器 | ボーカル、ギター、ブルースハープ、ベース、ピアノ |
| 活動期間 | 1972年 - 現在 |
音楽キャリアの始まり
矢沢永吉の音楽キャリアは、1970年代初頭にバンド「キャロル」のボーカリストとしてスタートしました。キャロルは日本のロックンロールシーンに新たな風を吹き込み、矢沢永吉はその圧倒的なパフォーマンスとカリスマで若者たちを魅了しました。しかし、バンドは1975年に解散し、矢沢はソロ活動へと移行しました。
ソロキャリアの飛躍
ソロキャリアの中で、矢沢永吉は数多くのヒット曲を生み出し、ロックミュージシャンとしての地位を不動のものにしました。特に、彼のライブパフォーマンスは熱狂的なファンを生み出し、彼のライブコンサートは「一度見たら忘れられない」と称賛されるほどです。矢沢永吉のステージ上でのエネルギーと、観客との一体感を生み出す能力は、彼を日本のライブパフォーマンスの象徴的な存在にしました。
アメリカ進出
矢沢永吉は、日本国内に留まらず、アメリカ進出も果たしました。彼は1978年にニューヨークでライブを行い、日本人アーティストとしては異例のアメリカでのコンサートを成功させました。この試みは、後の日本人アーティストの海外進出に大きな影響を与え、矢沢永吉のパイオニア精神を証明するものでした。
夢を追い続ける名言

矢沢永吉は1949年、広島市の貧しい家庭に生まれた。3歳で母が蒸発、小学生の時に父を亡くし、親戚の家をたらい回しにされる幼少期を過ごした。「成りあがり」という言葉に込められているのは、何もない場所から自分の力だけで頂点まで登りつめた男のリアルな実感だ。1978年に出版された自叙伝『成りあがり How to be BIG』(小学館)は100万部を超えるベストセラーとなり、この言葉は矢沢永吉の代名詞になった。
"成りあがり。大好きだね、この言葉。素晴らしいじゃないか。こんな、何もかもが確立されきったような世の中で、成りあがりなんて……せめて、やってみろって言いたいよ"
出典:著書・インタビュー。既成の社会に抗い、自分の力で這い上がることへの情熱的な肯定。
1972年、キャロルでデビューするまで矢沢は広島から夜行列車で上京し、小さなライブハウスを一軒一軒回った。何度断られても翌日にはまた別のドアを叩いた。キャロル解散後のソロ転向でも、レコード会社との契約交渉を自ら行い、日本のミュージシャンとしては異例の「アーティスト主導」のビジネスモデルを確立した。
"ドアの向こうに夢があるなら、ドアがあくまで叩き続けるんだ"
出典:インタビュー。諦めずに挑戦し続けることが、夢への唯一の道だと伝える言葉。
矢沢の20代はまさに苦闘の連続だった。キャロル時代は人気絶頂だったが、バンド内の方向性の違いからわずか3年で解散。ソロ転向後はロサンゼルスでレコーディングを行い、日本のロックを世界基準に引き上げようとした。その苦労が実り、30代には日本武道館を満員にするスター、40代にはスタジアムツアーを行う伝説になった。
"20代で苦労した者だけが、30代で夢の世界を見ることが出来る"
出典:インタビュー。若い時期の苦労が後の飛躍の土台になるという、矢沢流の人生経験則。
この言葉はライブのMCで語られたもの。矢沢はキャリアの中で、元マネージャーによる35億円もの巨額横領事件(2011年発覚)という途方もない裏切りに遭っている。それでも「自分の人生は自分のもの」という哲学を崩さず、70代を超えてなお毎年全国ツアーを続けている。
"てめぇの人生なんだから。てめぇで走れ"
出典:ライブMC。自分の人生は誰でもない自分自身が走るしかないという、力強い自立の言葉。
矢沢がよくライブや著書で語るテーマ。高校卒業後、広島を出て東京に向かう夜行列車の中で「俺はビッグになる」と誓った18歳の矢沢がまさに「ドアを叩いた」瞬間だった。そこから半世紀以上、日本ロック界のトップに立ち続けている。
"人間ていうのは、必ずドアを叩かなきゃいけない時がくるのよ。その時、叩くって勇気いるよね、怖いしさ。どうなるのかなって思うけど、そこで分かれるよね。叩く人間とそうでない人間に"
出典:インタビュー。勇気を出して踏み出せるかどうかで、人生の分岐点が生まれると語っている。
"最近勝ち組とか負け組みとか流行っているけど、スタート切っているかどうかが僕は大事だと思うけどね"
出典:インタビュー。勝ち負けより、まずやり始めることが全てだという矢沢流の価値観。
逆境と挑戦の哲学

"最初、サンザンな目にあう。二度目、オトシマエをつける。三度目、余裕。こういうふうにビッグになっていくしかない。それには、サンザンな目にあった時、落ちこんじゃだめだ"
出典:著書・インタビュー。失敗を繰り返しながら成長していく「矢沢流成長論」の核心。
"1のリスクしか無い事はしない、10のリスクがある事をする。達成すれば10の成果がある"
出典:インタビュー。大きなリスクに挑んだ者だけが大きな果実を得られるという、大胆な行動哲学。
"スケートでもそうだろう。自分の部屋でああだこうだやっても上手にならない。実際に転んでもいいから氷の上で滑ることがいいわけじゃないか"
出典:インタビュー。考えるより実際にやってみることの重要性を、わかりやすいたとえで語っている。
"世の中で大成した人ほど、臆病だと思う。臆病なやつは、常に怖いから、次にどうしなきゃいけないか、必死で探る。探す、調べる、緻密に計算する"
出典:インタビュー。臆病さが実は行動と準備の源になるという逆説的な洞察。
"でもさ、人間は、ある程度キツイ目にあわなきゃいかんのよ。なにくそ、冗談じゃない。そう思えるだけ、オレは幸せだったかもしれないね"
出典:インタビュー。辛い経験をバイタリティに変えられたことへの感謝と気づきを語っている。
自立と自己哲学の名言

"最終的には自分でドアを開けなきゃ。周りは開けてくれない、開けられないですよ"
出典:インタビュー。自分の人生の扉は、最後は自分の手で開けるしかないという自立の言葉。
"誰かの情けやら義理やらをあてにして、もたれかかっていたら、いつでも不安に脅かされることになる"
出典:著書「成りあがり」。他者に依存することの危うさを、自らの経験から語っている。
"言いたいのは、それひとつだよ。その生き方を人のせいにしちゃダメだ"
出典:インタビュー。自分の人生の責任は自分が負うべきだという、矢沢永吉の根幹にある言葉。
"オレは、いま生きるのがつらいって言っている人は、どこかに自分の生き方を自分で決められないって背景があると思うんだ。かんじんなのは手前の足で立つことなんだ"
出典:インタビュー。辛さの根底には自己決定の欠如があり、自分の足で立つことが解決の道だと語る。
"自分に合ってるかどうかが才能ってことだ"
出典:インタビュー。才能は特別な能力ではなく、自分に合ったものを選ぶ判断力だという深い言葉。
幸福と人生観

"俺はスターになって、成り上がって金持ちになるほど、幸せも大きくなると思っていた。でもそれは違う。会社員の幸せと矢沢の幸せは同じ。それにやっと気づきました"
出典:インタビュー。名声や財産を得た後に気づいた、幸福の普遍性を語った深い言葉。
"金も入った、名誉も手にした。だけど、寂しさは残った。おかしいじゃないか、オレは思った。そう思ってふと見ると、幸せのレールは隣にあった。オレはそのレールに乗っていなかった。それから矢沢の幸せ探しが始まった"
出典:著書・インタビュー。成功を手にしても満たされなかった矢沢が、本当の幸せを探し始めた転換点。
"年とるってのは細胞が老けることであって魂が老けることじゃない"
出典:インタビュー。肉体は老いても魂は若いままでいられるという、矢沢永吉の生き方そのもの。
"「後悔しない人生」なんて口じゃよく言うけど、若いころはそんなのほんとは理解できない。それが五十歳くらいになってくると、だんだん「わかるなぁ」と感じるようになる"
出典:インタビュー。年齢を重ねてこそわかる「後悔しない人生」の本当の意味。
"オレっていうのはね、メチャクチャ安心してないと気がすまない男なんだよ。でも、やってることは、常に不安だらけ。安心したいがために、行動する。だから、行動が早い"
出典:インタビュー。安心を求めるから行動が速くなるという、矢沢永吉の独特の行動哲学。
"人生というのは、失うものを増やしていくゲームなんだ"
出典:インタビュー。人生を積み重ねるとともに大切なものを失っていくという、深い人生観。
よくある質問
矢沢永吉の最も有名な名言は?
「成りあがり。大好きだね、この言葉。素晴らしいじゃないか。こんな、何もかもが確立されきったような世の中で、成りあがりなんて……せめて、やってみろって言いたいよ」が代表的な名言です。広島の貧しい家庭に生まれた矢沢永吉が、自分の足だけで這い上がってきた人生そのものから出た言葉です。
矢沢永吉はどんな人物ですか?
矢沢永吉(1949年9月14日生まれ)は、広島県広島市仁保(現南区)出身のロックミュージシャンです。愛称は「永ちゃん」「ボス」。1972年にバンド「キャロル」でデビュー後、ソロ転向して半世紀以上にわたり日本を代表するロックスターとして君臨し、1978年にはニューヨークで日本人として異例のコンサートを成功させました。
矢沢永吉の代表的な実績は?
1972年にバンド「キャロル」でデビューし、日本のロックンロールシーンに新たな風を吹き込みました。1975年のキャロル解散後はソロ活動に転向。1978年にはニューヨークで日本人として異例のコンサートを成功させ、自伝『成りあがり』もベストセラーとなりました。
矢沢永吉の名言が人気なのはなぜ?
広島の貧しい家庭に生まれて自分の足だけで這い上がってきた本人の人生そのものが言葉に重みを与えているからです。「夢を追い続ける勇気」「逆境を乗り越える哲学」が、半世紀以上にわたるロックスターとしての実績によって裏打ちされており、世代を越えて多くの人を勇気づけ続けています。
矢沢永吉の活動年代は?
1972年にキャロルでデビュー、1975年にバンド解散しソロ活動へ移行。1978年にニューヨーク公演を成功させ、それ以降も半世紀以上にわたり日本を代表するロックスターとして第一線で活躍を続けています。