セルバンテス(ドンキホーテ著者)の名言44選!名言「ローマは一日にして成らず」の原文も紹介
ミゲル・デ・セルバンテス・サアベドラは、1547年頃にスペインのアルカラ・デ・エナーレスに生まれ、1616年4月22日にマドリードで亡くなりました。彼は、スペイン黄金時代を代表する作家であり、『ドン・キホーテ』の作者として知られています。この作品は、西洋文学史上最初の近代小説とされ、世界文学史上最も優れた作品の一つとされています。彼の名言には、「音楽のあるところには真の悪は存在できない。」、「桶の水より、親切な言葉をかけるほうが、火はよく消える。」などがあります。
ローマは一日にして成らず
セルバンテス 名言 「ローマは一日にして成らず」
セルバンテスの略歴
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 1547年頃 |
| 出生地 | スペイン, アルカラ・デ・エナーレス |
| 死亡日 | 1616年4月22日 |
| 死亡地 | スペイン, マドリード |
| 職業 | 小説家 |
| 代表作 | 『ドン・キホーテ』 |
ミゲル・デ・セルバンテス・サアベドラは、1547年頃にスペインのアルカラ・デ・エナーレスに生まれ、1616年4月22日にマドリードで亡くなりました。彼は、スペイン黄金時代を代表する作家であり、『ドン・キホーテ』の作者として知られています。この作品は、西洋文学史上最初の近代小説とされ、世界文学史上最も優れた作品の一つとされています。彼は、若い頃にローマに渡り、枢機卿アクイャビーバの侍従として働きました。その後、スペイン軍に入隊し、レパントの海戦に参加しました。この戦いで彼は左手を負傷し、以後「左手の麻痺」と呼ばれるようになりました。1575年に帰国する途中、海賊に捕らえられ、5年間アルジェリアで捕虜生活を送りました。彼は4度脱走を試みましたが失敗し、1580年に身代金が支払われて解放されました。帰国後、彼は文筆活動を始めましたが、当初は成功しませんでした。彼は劇作家としても活躍しましたが、同時代のロペ・デ・ベガやティルソ・デ・モリーナなどの人気劇作家たちに比べると成功しなかったようです。1605年に『ドン・キホーテ』第1部が出版されると大成功を収めましたが、彼自身は貧困の中で生活していました。1615年に第2部が出版されると再び大成功を収めましたが、彼自身は翌年に亡くなりました。彼の人生は波乱万丈であり、その経験が彼の作品にも反映されています。『ドン・キホーテ』は今でも世界中で愛される作品であり、その影響は計り知れません。
セルバンテスのエピソードや功績
「ドン・キホーテ」の作者として有名なセルバンテスですが、戦争中捕虜となり4度も脱走を試みたり貧困の中書き上げた「ドン・キホーテ」の版権を渡してしまったため、生涯貧困であったなどさまざまなエピソードがあります。そんな彼のエピソードをまとめましたのでご覧ください。
捕虜となり4回の脱走失敗、大物だから処刑を免れた!?
ミゲル・デ・セルバンテスは、スペイン海軍に入隊し、レバントの海戦に参加しました。この戦闘中に彼は被弾し、左腕の自由を失いました。彼はその後も4年間従軍を続け、チュニスへの侵攻にも参加しました。戦争後、彼は本国へと帰還する途中でバルバリア海賊に襲われ、捕虜となりました。彼はアルジェで5年間の捕虜生活を送りました。この間、彼は捕虜を扇動して4回も脱出を企てましたが、すべて失敗しました。最初の試みでは、他の捕虜たちと共にトンネルを掘り、そこから脱出しようとしましたが、この計画は発覚し、彼らは捕まりました。その後もセルバンテスは脱出を試み続けました。二度目の試みでは、捕虜たちを集めて船を奪い、海路で脱出しようとしました。しかし、この計画もまた発覚し、彼らは再び捕まりました。三度目の試みでは、セルバンテスは捕虜たちと共にアルジェの城壁を乗り越えようとしました。しかし、この計画も失敗しました。最後の試みでは、セルバンテスは再び捕虜たちと共に船を奪い、海路で脱出しようとしました。しかし、この計画もまた失敗しました。これらの脱出企てはすべて失敗しましたが、セルバンテスは決して諦めませんでした。彼の勇敢さと決意は、後の彼の作品に大きな影響を与えました。特に、彼の代表作である『ドン・キホーテ』には、彼自身の戦争体験が反映されています。このように、セルバンテスの人生は彼の作品に深く影響を与え、その作品を通じて私たちは彼の経験と視点を垣間見ることができます。ちなみに彼が処刑されなかった理由は、推薦状により大物と見られていたためと思われます。そんな彼はこのエピソードにぴったりの名言を残しています。
生命のあるかぎり、希望はあるものだ。
セルバンテス(ドンキホーテ著者)
ドン・キホーテを執筆も貧困は続く
ミゲル・デ・セルバンテスは、『ドン・キホーテ』を執筆した時期には貧困に苦しんでいました。彼は生涯に何度も投獄され、その中で『ドン・キホーテ』の最初の構想を得たとされています。おそらくここで語られているのは、税金横領の容疑で入獄した1597年のセビーリャ監獄のことでしょう。セルバンテスは釈放後、バリャドリードで多くの家族を養いながら『ドン・キホーテ』の前編を書き上げ、1605年にマドリードのファン・デ・ラ・クエスタ出版所から出版しました。この作品はすぐに大評判となり、出版した年だけで海賊版を含め6版を数え、1612年には早くも英訳が、1614年には仏訳が登場しました。しかし、作品の高い評価にもかかわらず、セルバンテスは版権を売り渡してしまっていたため、その利益を得ることはできませんでした。その結果、彼の生活は依然として困窮していました。後編は1615年に出版され、前編と同様に大評判となりましたが、セルバンテスは相変わらず貧しいまま、1616年に亡くなりました。このように、セルバンテスの生涯は、彼の名作『ドン・キホーテ』が世界的な成功を収めたにもかかわらず、貧困と闘い続けるものでした。
ドン・キホーテのあらすじ
『ドン・キホーテ』は、50歳の田舎郷士が騎士道物語に没頭しすぎて現実と物語の区別がつかなくなり、自らを遍歴の騎士「ドン・キホーテ」と名乗って冒険の旅に出る物語です。物語は、ドン・キホーテが愛馬ロシナンテに跨り、世直しの旅に出かけるところから始まります。彼は近くの村に住む田舎娘アルドンサを想い姫「ドゥルシネーア姫」と名付け、彼女のために冒険を続けます。彼の旅は、現実と彼の妄想が交錯する場面で織り成されます。例えば、風車を巨人と見間違えて戦いを挑むエピソードは特に有名です。また、彼は商人たちにドゥルシネーア姫の美しさを認めさせようとし、彼らが認めないときは戦いを挑みます。ドン・キホーテの従者として旅に同行するのは、近所に住んでいる農夫のサンチョ・パンサです。サンチョは奇行を繰り返すドン・キホーテに何度も現実的な忠告をしますが、大抵は聞き入れられず、主人とともにひどい災難に見舞われます。物語の終盤では、ドン・キホーテとサンチョは侯爵夫婦に歓待され、サンチョは島の領主になります。しかし、その後の戦いでドン・キホーテは敗れ、旅は終わりを迎えます。『ドン・キホーテ』の題名は、主人公が自分を遍歴の騎士と任じ、冒険の旅に出かけるという物語の内容を象徴しています。「Don」はスペイン語で「天才」や「才能」などの意味を持ち、「Quijote」は特に意味のない人名です。つまり、この題名は「天才であると自称するキホーテ」という意味になります。
名言「ローマは一日にしてならず」原文
ローマは一日にして成らず
セルバンテス ドン・キホーテ 「ローマは一日にして成らず」
この名言は誰もが一度は言い聞かされたことがあるのではないでしょうか?学校や部活などで努力の大切さを示すときによく引用されますよね。実はこの名言、翻訳の過程であえてキャッチーなフレーズを使うためにローマを当てており、実は原文は全然違う意味の諺が使われていたみたいです笑
翻訳家の方のナイスプレーですね!
ローマは一日にして成らずはドン・キホーテで使われていたというのが由来という説であるが、スペイン語の原書ではローマは一日にして成らずという記述が無く、これと似たスペインのことわざが記述されている。これが英訳される際に訳者がこのことわざはイギリス人には馴染みが薄いと考えて、このことわざをローマは一日にして成らずと訳していた。日本語のドン・キホーテは、英語版から訳されていたためにローマは一日にして成らずはドン・キホーテからのことわざということになっていた。
ローマは一日にして成らず 原文 (Wikipedia)
ドン・キホーテの他の名言
「夢を持って生きることこそ、真の騎士道である。」
ドン・キホーテ 名言
解説:ドン・キホーテは現実と幻想を区別せず、自分の理想や夢を追い求めることに全力を注ぎます。この言葉は、夢を追い求めることが人生の価値を高めるというメッセージを伝えています。現実的には無理だと思えることも、夢を信じて行動することが重要であると示唆しています。
「偉大な行いは、時には狂気と見なされる。」
ドン・キホーテ 名言
解説:ドン・キホーテの冒険は周囲から狂気と見なされますが、彼の行動には深い意味があります。偉大なことを成し遂げるためには、常識を超える勇気と情熱が必要であることを示しています。この名言は、新しい道を切り開くためには他人の目を気にせず、自分の信念を貫くことが重要であるという教訓です。
「名誉ある生き方は、常に真実を語ることにある。」
ドン・キホーテ 名言
解説:ドン・キホーテは騎士道精神を重んじ、真実を語ることを大切にします。彼の行動はしばしば誤解されますが、彼自身は常に正直であろうとします。この名言は、名誉を守るためには真実を語り、誠実であることが大切であるというメッセージを伝えています。
セルバンテスの名言集
名言1
音楽のあるところには真の悪は存在できない。
名言2
事実は真実の敵なり。
名言3
分別よりも愚行の方が、とかく仲間や追随者を呼び寄せるものだ。
名言4
桶の水より、親切な言葉をかけるほうが、火はよく消える。
名言5
裸で私はこの世に来た。
裸で私はこの世から出てゆかねばならぬのだ。
名言6
一番憎むべき狂気とは、あるがままの人生に、ただ折り合いをつけてしまって、あるべき姿のために戦わないことだ。
名言7
信仰の存在するところに神は存在する。
名言8
死を見ること生のごとし。
名言9
正直は最善の策である。
名言10
ペンは魂の舌である。
セルバンテスの名言集
名言11
「そのうちやる」という名の通りを歩いて行き、行き着くところは「なにもしない」という名札のかかった家である。
名言12
人間とは、己の行った仕事の子供である。
名言13
この世でいちばんの気違い沙汰は、誰に殺されるってわけでもないのに、悲しいからってだけで理由もなく死にたがることですよ。
名言14
幸運はそれが失われるまで知られない。
名言15
生命のあるかぎり、希望はあるものだ。
名言16
自分のポケットの小銭は、他人のポケットの大金にまさる。
名言17
手の中の一羽の鳥は、宿り木に止まっている二羽の鳥に匹敵する。
名言18
つまらぬ財産を持つより、立派な希望を持つほうがマシだ。
名言19
愛の原則においては、早々と失望することが、通常、回復薬として描かれる。
名言20
君の友人を教えなさい。 そうすれば、君がどういう人間か言ってみせよう。
セルバンテスの名言集
名言21
安眠は心労の最大の療法である。
名言22
金持ちのたわごとは格言で通る。
名言23
真の勇気というものは、臆病と無鉄砲との中間にある。
名言24
よく準備してから戦いに臨めば、半ば勝ったも同然だ。
名言25
人生は一枚の銀貨のようなものだ。 それをどう使おうと勝手だが、使えるのはたった一度きりである。
名言26
心の中で感謝するだけなら、本当の感謝ではない。 自分は行動の中で感謝を示そう。
名言27
流れに逆らおうとしたところで無駄なことだ。 流れに身をまかせれば、どんなに弱い人でも岸に流れ着く。
名言28
人生ではすべてが良い。 死さえも。
名言29
家柄ってのは、世界にたった二つしかない。 持てると持たざると、どっちかだ。
名言30
嫉妬のない愛はあるかもしれぬ。 だが恐れのともなわぬ愛はない。
セルバンテスの名言集
名言31
空腹は世界中で最上の調味料である。
名言32
女の「イエス」と女の「ノー」は同じようなものさ。 そこに一線を引くなんて無謀なことだよ。
名言33
ひとつのドアが閉まったときには、また別のドアが開く。
名言34
我々が第一に戦わねばならぬ厄介な敵は、我々の内部にある。
名言35
喜劇で一番難しい役は愚か者の役であり、その役を演ずる役者は馬鹿ではない。
名言36
パンさえあれば、たいていの悲しみには耐えられる。
名言37
光り輝くものがすべて金だとは限らない。
名言38
機知の切れ味を鈍らせまいと思うなら、あまり機知を鋭くしてはいけない。
名言39
富を失う者は多くを失い、友人を失う者はさらに多くを失う。 しかし、勇気を失う者はすべてを失うことになる。
名言40
嫌われもしないのに絶望しないでください。 好きでも嫌いでもないのです。
セルバンテスの名言集
名言41
ことわざとは、長い経験に基づく短い文のことである。
名言42
運命というものは、人をいかなる災難にあわせても、必ず一方の戸口をあけておいて、そこから救いの手を差しのべてくれるものよ。
名言43
時はあらゆるものを熟成させる。 生まれながらの賢人もいないのだ。
名言44
どんな虫けらだって踏みつけられれば、何を!という格好をするものだ。