三島由紀夫の名言集130選|金閣寺・潮騒・春の雪・憂国・禁色・レター教室・不道徳教育講座の格言と恋愛の名言
三島由紀夫(1925〜1970)は、本名・平岡公威。日本の小説家・劇作家・評論家であり、ノーベル文学賞の候補にもなった戦後日本文学の巨匠である。『仮面の告白』『金閣寺』『潮騒』『豊饒の海』など数多くの傑作を残し、その完璧な文体は「日本語の結晶」と称された。ボディビルディングや剣道にも打ち込み、美と行動の一致を生涯追求した。
1970年11月25日、三島は自ら組織した「楯の会」のメンバーとともに陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地に突入し、バルコニーから自衛隊員に向けて憲法改正を訴える演説を行った後、割腹自殺を遂げた。この衝撃的なエピソードは世界中に報道され、文学史上最もドラマチックな最期として語り継がれている。三島が命を懸けて訴えたかったメッセージは、「男の世界は思いやりの世界である」という名言に象徴されるように、武士道精神に基づく日本人の精神的復興であった。
「嘘をついている時こそ、ぼくは自分が最も真実に近づいているような気がした。」
三島由紀夫 仮面の告白 名言
三島由紀夫ってどんな人?
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 1925年1月14日 |
| 出生地 | 東京市四谷区永住町 |
| 身長 | 163cm |
| 死亡日 | 1970年11月25日 |
| 死亡地 | 東京都新宿区市谷本村町 |
| 死因 | 割腹自殺 |
| 最後の言葉 | 信頼できる記録なし(幾多もの説があるが基本死去直前の演説から抜粋されることが多い) |
| 職業 | 小説家, 劇作家 |
| 代表作 | 『仮面の告白』, 『潮騒』, 『金閣寺』, 『鏡子の家』, 『憂国』, 『豊饒の海』 |
三島由紀夫は、1925年1月14日に東京市四谷区永住町(現在の東京都新宿区四谷四丁目)に生まれ、1970年11月25日に東京都新宿区市谷本村町(現・市谷本村町5-1)の陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地東部方面総監部総監室で亡くなりました。彼は、戦後の日本の文学界を代表する作家の一人であり、ノーベル文学賞候補にもなりました。彼は、『仮面の告白』『潮騒』『金閣寺』『鏡子の家』『憂国』『豊饒の海』などの小説や、『近代能楽集』『鹿鳴館』『サド侯爵夫人』などの戯曲があります。彼は、修辞に富んだ絢爛豪華で詩的な文体、古典劇を基調にした人工性・構築性にあふれる唯美的な作風が特徴です。晩年は政治的な傾向を強め、自衛隊に体験入隊し、民兵組織「楯の会」を結成しました。1970年11月25日、楯の会隊員4名と共に自衛隊市ヶ谷駐屯地を訪れ東部方面総監を監禁し、バルコニーで自衛隊員にクーデターを促す演説をした後、割腹自殺を遂げました。この一件は社会に大きな衝撃を与え、新右翼が生まれるなど、国内の政治運動や文学界に大きな影響を与えました。彼は満年齢と昭和の年数が一致し、その人生の節目や活躍が昭和時代の日本の興廃や盛衰の歴史的出来事と相まっているため、「昭和」と生涯を共にし、その時代の持つ問題点を鋭く照らした人物として語られることが多いです。彼はまた、Esquire誌の「世界の百人」に選ばれた初の日本人であり、国際放送されたテレビ番組に初めて出演した日本人でもあります。
三島由紀夫の思想
三島由紀夫の思想は、戦後日本のアイデンティティを巡る葛藤の中で形成されました。彼は日本の古き良き伝統と美学を深く尊敬し、特に武士道と皇室を理想化しました。これらの価値観は、彼の見るところでは、西洋化と民主主義の浸透によって脅かされていると感じ、三島は文学と自身の公の生活を通じて、これらの伝統的価値を復活させ、現代社会に再び根付かせることを目指していました。彼の作品には、美への執着、身体と精神の統合、そして自己犠牲のテーマが常に流れています。晩年には、三島はさらに積極的な政治行動に訴えるようになります。彼は自らの私兵組織「楯の会」を設立し、日本がアメリカの影響下から脱し、天皇を中心とした国家体制に回帰することを主張しました。彼の思想は、静かなナショナリズムから、より積極的で、時には過激な愛国主義へとシフトしていきました。1970年には自衛隊への訴えと自決という衝撃的な行動によって、彼の理想と現実の間の橋渡しを試み、自らの生と死によってメッセージを残しました。三島由紀夫の思想は、美、死、行動を通じて理想を追求するという、彼の複雑で矛盾に満ちた内面を映し出しています。
割腹自殺の失われたセリフ
三島由紀夫の最後は、1970年11月25日に自ら演出した劇的な結末で迎えられました。彼は自ら率いる私兵組織「楯の会」のメンバーと共に、自衛隊の東京の市ヶ谷駐屯地を占拠し、日本の自衛隊員に向けて、日本の伝統的価値と皇室の権威への回帰を呼びかける演説を行いました。しかし、この試みは成功せず、彼の主張は自衛隊員や国民からの支持を得ることはありませんでした。その後、三島は自らの信念のもと切腹し、直接の部下が首を切る介錯を行い、彼の生涯は終わりを告げました。この自決は、彼の思想と芸術への深い信念、そして古き良き日本への懐古的な願望を体現するものであり、その後も多くの議論を呼ぶ出来事となっています。彼の最後の言葉はさまざまな説が出ていますが、基本的には死去直前の演説などの言葉を指すことが多く、人生最後の言葉を記した確証のある文献は今のところありません。
著書「仮面の告白」の名言
三島由紀夫の『仮面の告白』は、自己の内面やアイデンティティ、そして生と死に向き合う繊細かつ大胆な文学作品です。この中で特に印象的な名言を3つ取り上げ、それぞれ解説していきます。
「ぼくは少年であることに完全な充足を感じたことがなかった。」
三島由紀夫 仮面の告白 名言
解説:この言葉は、主人公が自身の幼少期を振り返り、他者との違和感や疎外感を強く意識していたことを表しています。主人公は、自分の性的嗜好や感情が周囲と異なることに気付き、その違いに苦悩しながらも、自らの特異性を受け入れる過程を描いています。この名言は、他者との比較や社会的な規範によって自分を制限し、内面的な孤独を感じる人々に強く響く言葉です。
「美というものは、常に死の予感と共にある。」
三島由紀夫 仮面の告白 名言
解説:この言葉は、美と死の密接な関係を示唆しています。主人公にとって、美は単なる視覚的な感動にとどまらず、それが持つ儚さや崩壊への予感によって完成されるものです。三島由紀夫の作品全般に通じるテーマでもあり、美しいものほど消え去る運命にあるという考えが、主人公の内面的な欲望や理想像に影響を与えています。この名言は、人生の儚さと美の本質について深く考えさせられる言葉です。
「嘘をついている時こそ、ぼくは自分が最も真実に近づいているような気がした。」
三島由紀夫 仮面の告白 名言
解説:主人公は、幼少期から男性への性的な感情を抱きながらも、当時の社会規範や倫理観に縛られ、その感情を隠し続けます。彼は自分自身の性的指向を「異常」と感じ、それを否定しようとしますが、同時にその感情が自分にとっての「真実」であることも自覚しています。自分の感情を否定して嘘をつけばつくほど、本当の気持ちが肯定されていく、そんな一見矛盾しつつも、みなさんも一度は経験のあるような状況を端的に表してくれます。
三島由紀夫の名言集
名言1
男の世界は思いやりの世界である。
男の社会的な能力とは思いやりの能力である。
武士道の世界は、一見荒々しい世界のように見えながら、現代よりももっと緻密な人間同士の思いやりのうえに、精密に運営されていた。
名言2
この世には最高の瞬間といふものがある。
この世における精神と自然との和解、精神と自然との交合の瞬間だ。
名言3
本当の美とは人を黙らせるものであります。
名言4
忘却の早さと、何事も重大視しない情感の浅さこそ人間の最初の老いの兆しだ。
名言5
変わり者と理想家とは、一つの貨幣の両面であることが多い。
どちらも、説明のつかないものに対して、第三者からはどう見ても無意味なものに対して、頑固に忠実にありつづける。
名言6
生まれて来て何を最初に教わるって、それは「諦める」ことよ。
名言7
初恋に勝って人生に失敗するというのは良くある例で、初恋は破れるほうがいいと言う説もある。
名言8
動物になるべき時には、ちゃんと動物になれない人間は不潔であります。
名言9
なぜ大人は酒を飲むのか。
大人になると悲しいことに、酒を呑まなくては酔へないからである。
子供なら、何も呑まなくても、忽ち遊びに酔つてしまふことができる。
名言10
若い世代は、代々、その特有な時代病を看板にして次々と登場して来たのだった。
三島由紀夫の名言集
名言11
自分を理解しない人間を寄せつけないのは、芸術家として正しい態度である。 芸術家は政治家じゃないのだから。
名言12
美しい若い女が、大金持の老人の恋人になっているとき、人は打算的な愛だと推測したがるが、それはまちがっている。 打算をとおしてさえ、愛の専門家は愛を紡ぎ出すことができるのだ。
名言13
やたらに人に弱味をさらけ出す人間のことを私は躊躇なく「無礼者」と呼びます。 それは社会的無礼であって、われわれは自分の弱さをいやがる気持ちから人の長所をみとめるのに、人も同じように弱いということを証明してくれるのは、無礼千万なのであります。
名言14
個性などというものは、はじめは醜い、ぶざまな恰好をしているものだ。
名言15
先生にあわれみをもつがよろしい。 薄給の教師に、あわれみをもつのがよろしい。 先生という種族は、諸君の逢うあらゆる大人のなかで、一等手強くない大人なのです。
名言16
無神論も、徹底すれば徹底するほど、唯一神信仰の裏返しにすぎぬ。 無気力も、徹底すれば徹底するほど、情熱の裏返しにすぎぬ。
名言17
若さが幸福を求めるなどというのは衰退である。
名言18
小説家にとっては今日書く一行が、テメエの全身的表現だ。 明日の朝、自分は死ぬかもしれない。 その覚悟なくして、どうして今日書く一行に力がこもるかね。 その一行に、自分の中の集合的無意識に連綿と続いてきた“文化”が、体を通して現れ、定着する。 その一行に自分が“成就”する。 それが“創造”というものの、本当の意味だよ。 未来のための創造なんて、絶対に嘘だ。
名言19
この世のもっとも純粋な喜びは、他人の喜びをみることだ。
名言20
小説家のほうが読者より人生をよく知っていて、人に道標を与えることができる、などというのも完全な迷信です。 小説家自身が人生にアップアップしているのであって、それから木片につかまって、一息ついている姿が、すなわち彼の小説を書いている姿です。
三島由紀夫の名言集
名言21
老夫妻の間の友情のようなものは、友情のもっとも美しい芸術品である。
名言22
精神分析を待つまでもなく、人間のつく嘘のうちで、「一度も嘘をついたことがない」といふのは、おそらく最大の嘘である。
名言23
人生には濃い薄い、多い少ない、ということはありません。 誰にも一ぺんコッキリの人生しかないのです。
名言24
愛するということにかけては、女性こそ専門家で、男性は永遠の素人である。
名言25
人間を一番残酷にするのは 愛されているという自信だよ。
名言26
三千人と恋愛をした人が、一人と恋愛をした人に比べて、より多くについて知っているとはいえないのが、人生の面白味です。
名言27
人間はあやまちを犯してはじめて真理を知る。
名言28
幸福って、何も感じないことよ。 幸福って、もっと鈍感なものよ。 ・・・幸福な人は、自分以外のことなんか夢にも考えないで生きてゆくんですよ。
名言29
無秩序が文学に愛されるのは、文学そのものが秩序の化身だからだ。
名言30
軽蔑とは、女の男に対する永遠の批評である。
三島由紀夫の名言集
名言31
幸福がつかの間だという哲学は、不幸な人間も、幸福な人間も、どちらも好い気持ちにさせる力を持っている。
名言32
青春の特権といえば、一言を以てすれば、無知の特権であろう。
名言33
親しくなればなるほど礼節をわきまえるのが理想の人間関係である。
名言34
賭けとは全身全霊の行為である。 百万円持っていた人間が、百万円を賭け切るときにしか、賭けの真価はあらわれない。
名言35
女というものは、いたわられるのは大好きなくせに、顔色を窺われるのはきらうものだ。 いつでも、的確に、しかもムンズとばかりにいたわってほしいのである。
名言36
センスとは相手の気持ちを読みとること、ただそれのみだ。
名言37
アイデンティティーとは指紋である。 最終的に一つあればいいんだ。
名言38
力を持たない知性なんて、屁の役にも立たない。
名言39
鈍感な人たちは、血が流れなければ狼狽しない。 が、血の流れたときは、悲劇は終わってしまったあとなのである。
名言40
崇高なものが現代では無力で、滑稽なものにだけ野蛮な力がある。
三島由紀夫の名言集
名言41
僕は詩人の顔と闘牛師の体とを持ちたい。
名言42
男と女の一等厄介なちがいは、男にとっては精神と肉体がはっきり区別して意識されているのに、女にとっては精神と肉体がどこまで行ってもまざり合っていることである。
名言43
音楽の美は、その一瞬の短さにおいて生命に似ている。
名言44
そもそも男の人生にとって大きな悲劇は、女性というものを誤解することである。
名言45
空虚な目標であれ、目標をめざして努力する過程にしか人間の幸福は存在しない。
名言46
「・・・したい」などという心はみな捨てる。 その代わりに、「・・・すべきだ」ということを自分の基本原理にする。 そうだ、ほんとうにそうすべきだ。
名言47
女性はそもそも、いろんな点でお月さまに似てをり、お月さまの影響を受けてゐるが、男に比して、すぐ肥つたりすぐやせたりしやすいところもお月さまそつくりである。
名言48
何か、極く小さな、どんなありきたりな希望でもよい。 それがなくては、人は明日のはうへ生き延びることができない。
名言49
人間に忘却と、それに伴う過去の美化がなかったら、人間はどうして生に耐えることができるだろう。
名言50
人間、正道を歩むのはかえって不安なものだ。
三島由紀夫の名言集
名言51
たいてい勇気ある行動というものは、別の在るものへの怖れから来ているもので、全然恐怖心のない人には、勇気の生まれる余地がなくて、そういう人はただ無茶をやってのけるだけの話です。
名言52
復興には時間がかかる。 ところが、復興という奴が、又日本人の十八番なのである。 どうも日本人は、改革の情熱よりも、復興の情熱に適しているところがある。
名言53
精神を凌駕することのできるのは習慣という怪物だけなのだ。
名言54
夕日とか菫の花とか風鈴とか美しい小鳥とか、そういう凡庸な美に対する飽くことのない傾倒が、女性を真に魅力あるものにするのである。
名言55
現状維持というのは、つねに醜悪な思想であり、また、現状破壊というのは、つねに飢え渇いた貧しい思想である。
名言56
あらゆる文章は形容詞から古くなっていく。
名言57
裏切りは友情の薬味であって、コショウかワサビみたいなものであり、裏切りの要素もその危険も伏在しない友情など、味がないと思うようになるとき、諸君はまず、青年のセンチメンタリズムを脱却した、一人前の大人になったと云えましょう。
名言58
感傷といふものが女性的な特質のやうに考へられてゐるのは明らかに誤解である。 感傷的といふことは男性的といふことなのだ。
名言59
自分の顔と折合いをつけながら、だんだんに年をとってゆくのは賢明な方法である。
名言60
男性操縦の最高の秘訣は、男のセンチメンタリズムをギュッとにぎることだ。
三島由紀夫の名言集
名言61
時の流れは、崇高なものを、なしくずしに、滑稽なものに変えてゆく。
名言62
生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。
名言63
傷つきやすい人間ほど、複雑な鎧帷子(よろいかたびら)を身につけるものだ。 そして往々この鎧帷子が、自分の肌を傷つけてしまう。
名言64
日本という国は、自発的な革命はやらない国である。 革命の惨禍が避けがたいものならば、自分で手を下すより、外力のせいにしたほうがよい。
名言65
女性は先天的に愛の天才である。 どんなに愚かな身勝手な愛し方をする女でも、そこには何か有無を言わせぬ力がある。
名言66
ヒットラーは政治的天才であつたが、英雄ではなかつた。 英雄といふものに必要な、爽やかさ、晴れやかさが、彼には徹底的に欠けてゐた。 ヒットラーは、二十世紀そのもののやうに暗い。
名言67
エチケットなどというものは、俗の俗なるもので、その人の偉さとは何の関係もないのである。
名言68
女の部屋は一度ノックすべきである。 しかし二度ノックすべきじゃない。 そうするくらいなら、むしろノックせずに、いきなりドアをあけたはうが上策なのである。
名言69
男の嫉妬の本当のギリギリのところは、体面を傷つけられた怒りだと断言してもよろしい。
名言70
好奇心には道徳がないのである。 もしかするとそれは人間のもちうるもつとも不徳な欲望かもしれない。
三島由紀夫の功績とエピソード
『金閣寺』——美と破壊の葛藤を描いた世界的名作
1956年に発表された『金閣寺』は、1950年に実際に起きた金閣寺放火事件を題材にした小説である。美に取り憑かれた青年僧の内面を克明に描き、日本文学の世界的傑作として26か国語以上に翻訳された。
ノーベル文学賞の有力候補——川端康成との競合
三島はノーベル文学賞の有力候補であり、1968年の選考では川端康成と最終候補として競り合った。結果は川端が受賞したが、選考委員の間では三島の作品の芸術性を高く評価する声も強かった。
自衛隊市ヶ谷駐屯地での衝撃的な最期
1970年11月25日、三島は自ら組織した「楯の会」のメンバーと共に自衛隊市ヶ谷駐屯地に乗り込み、バルコニーから憲法改正を訴える演説を行った後、割腹自殺した。45歳での壮絶な死は世界に衝撃を与え、三島文学への関心を一層高めた。
三島由紀夫の名言(追加)

【エピソード①:『金閣寺』——実在の放火事件から生まれた世界文学】1950年7月2日未明、京都の鹿苑寺金閣が若い学僧・林承賢の放火により全焼した。この衝撃的な事件に三島由紀夫は深く心を奪われ、6年の歳月をかけて取材を重ね、1956年、31歳のときに小説『金閣寺』を発表する。「美しすぎる」がゆえに金閣を焼くという倒錯した青年の内面を、三島は絢爛たる文体で描き切った。発表されるや読売文学賞を受賞し、後に26か国語以上に翻訳される世界文学となった。「美は人を破滅させる」という三島生涯のテーマが結晶した本作は、日本文学の最高峰と評され、ノーベル文学賞候補に名前が挙がるきっかけにもなった。
"美しいものを美しいと思える、あなたの心が美しい。"
三島由紀夫の言葉
"完全な遊びというものは、完全な仕事と一致する。"
三島由紀夫の言葉
【エピソード②:ボディビルに挑んだ文豪——言葉から肉体へ】三島由紀夫は青年時代、虚弱で色白の「蒼白い文学青年」だった。1955年、30歳のとき「言葉ばかりで肉体がない自分に耐えられなくなった」として本格的にボディビルディングを開始。週3回のトレーニングを15年間続け、貧弱だった体は鋼のような筋肉を備えるまでになった。「文武両道」を体現しようと剣道・空手・居合道にも打ち込み、剣道五段の腕前に到達。裸でポーズを取る写真集『薔薇刑』(写真・細江英公)まで発表した。肉体改造の経験を綴ったエッセイ『太陽と鉄』では、「言葉は精神を深めるが、肉体こそ存在の根拠である」と宣言。文学者としては極めて異例の、言葉と肉体を一致させようとするこの試みは、後の「楯の会」設立、そして市ヶ谷での最期へとつながっていく。
"若さとは、肉体のことではなく、精神のことである。"
三島由紀夫の言葉
"人間の本質は、その人が一人でいるときに何をするかで決まる。"
三島由紀夫の言葉
【エピソード③:市ヶ谷——1970年11月25日、45歳の終幕】1970年11月25日午前11時、三島由紀夫は楯の会メンバー4名と共に陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地・東部方面総監部を訪問。益田兼利総監を人質に取り、バルコニーに立って隊員約1000人を前に演説を行った。「君たちは武士だろう!なぜ自分を否定する憲法を守るんだ!」と憲法改正のクーデターを訴える三島の声は、しかしヤジと怒号にかき消された。7分間の演説後、三島は総監室に戻り、ライフワーク『豊饒の海』最終巻『天人五衰』の原稿をその朝出版社に送った後、辞世「散るをいとふ世にも人にもさきがけて 散るこそ花と吹く小夜嵐」を残して割腹自殺を遂げた。享年45。楯の会会員・森田必勝による介錯。川端康成、三島の師であった清水文雄をはじめ日本中が衝撃に包まれ、この事件は「文学史上最もドラマチックな最期」として世界に報じられた。
"言葉は言葉を生み、行為は行為を生む。だから最初の一歩が大切なのだ。"
三島由紀夫の言葉
『金閣寺』三島由紀夫の名言|美と破壊の美学
『金閣寺』(1956年) は、1950年に実際に起きた金閣寺放火事件を題材にした三島由紀夫の代表作です。吃音の青年僧・溝口が金閣の美に取り憑かれ、やがてその美を焼き尽くすに至る心理を、絢爛たる文体で描き切りました。「金閣寺 三島由紀夫 名言」として検索される本作の名言は、三島の美学の核心を示すものです。
"美はもはや敵だ。"
出典:『金閣寺』1956年. 溝口が金閣を焼くに至る決定的な認識を示す一句.
"金閣を焼かなければならぬ。"
出典:『金閣寺』1956年. 小説後半、溝口が決意する有名な独白.
"この世から美を絶やすためには、どうしても金閣を焼かなければならぬ。"
出典:『金閣寺』1956年. 溝口の認識が絶対的な行動原理へと結晶した瞬間.
"認識するとは行為することであり、行為するとは認識することだ。"
出典:『金閣寺』1956年. 認識と行動の一致を説いた三島美学の中核.
"人間の滅びやすい、壊れやすい姿から、永生の幻を見せるのは金閣であり、人間の永遠の願いを滅ぼすのもまた金閣なのだ。"
出典:『金閣寺』1956年. 主人公が金閣に感じる愛憎両義性を語った一節.
"生きようと私は思った。"
出典:『金閣寺』1956年. 小説末尾、金閣が燃え上がる光景を見ながら溝口が呟く最終行.
"美とは、どんな小さな部分にも完全が宿っていながら、同時に全体への暗示であるようなものだ。"
出典:『金閣寺』1956年. 溝口が金閣の構造美について語る場面.
"世界を変貌させるものは認識である。"
出典:『金閣寺』1956年. 柏木が溝口に対して語る言葉. 認識論的ニヒリズムを示す.
『潮騒』青春と愛の名言|三島由紀夫の瑞々しい恋愛小説
『潮騒』(1954年) は、伊勢湾・神島を舞台にした漁師の青年・新治と海女の娘・初江の純愛物語です。三島がギリシャ旅行の感動を結晶させた健康的・古典的な恋愛小説で、新潮社文学賞を受賞しました。「三島由紀夫 潮騒 名言」として検索される本作の名言は、三島作品の中でも最も明るく瑞々しい青春の輝きを放ちます。
"その火を飛び越してこい。"
出典:『潮騒』1954年. 初江が焚火越しに新治に呼びかける、本作の最も有名な一句.
"その火を飛び越えて来れば、それでいい。"
出典:『潮騒』1954年. 純潔と信頼を測る境界線として描かれた火. 新治と初江の愛の象徴.
"海は、荒々しく、それでいて、優しいものだと、新治は思った。"
出典:『潮騒』1954年. 漁師の青年・新治の海への想いを描いた一節.
"恋は、彼の上にふりそそぎ、彼を正しい方向へ導いてゆく。"
出典:『潮騒』1954年. 新治の純粋な恋心が正義そのものであることを示す三島の肯定.
"幸福というものは、実にたわいのないことから成り立っているのだ。"
出典:『潮騒』1954年. 神島の素朴な生活に流れる平穏を讃えた一節.
"若者は夜更けに、ただひたすら海を眺めていた。"
出典:『潮騒』1954年. 新治の孤独と希望を情景に託した描写.
"おれが守ってやる。安心して寝ていていい。"
出典:『潮騒』1954年. 嵐の夜、新治が初江に向けた言葉. 三島が描いた健康的な男性像.
『春の雪』『豊饒の海』四部作の名言|輪廻転生と滅びの美学
『豊饒の海』(1965-1970年) は、『春の雪』『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』からなる三島由紀夫のライフワークであり遺作です。『浜松中納言物語』に範をとった輪廻転生の大長編で、三島はこの最終巻『天人五衰』の最終稿を編集者に渡した当日、市ヶ谷で自決しました。「三島由紀夫 春の雪 名言」として検索される本四部作の名言は、三島が生涯の最後に到達した境地を示します。
"又、会うぜ。きっと会う。滝の下で。"
出典:『春の雪』1965年. 松枝清顕が親友・本多繁邦に遺した最期の言葉. 四部作全体の輪廻転生のテーマを貫く一句.
"優雅というものは禁を犯すものだ、それも至高の禁を。"
出典:『春の雪』1965年. 清顕と聡子の禁じられた恋を支える三島の美学.
"不可能ということが、二人の恋の本質だった。"
出典:『春の雪』1965年. 婚約の勅許が下りた瞬間から燃え上がる清顕と聡子の恋を象徴する一節.
"美しいものは敵だ。"
出典:『春の雪』1965年. 『金閣寺』と共鳴する三島の美への両義的感情.
"行動する者の純粋は、必ずしも結果によって測られてはならぬ。"
出典:『奔馬』1969年. 昭和の神風連・飯沼勲の純粋行動を肯定する三島晩年の倫理.
"正に日の出を拝しつつ、輝く海を前に、崖の上で、松の樹の根方で、自刃はなされるべきだった。"
出典:『奔馬』1969年. 飯沼勲が夢みた自刃の美学. 三島自身の最期を予告するかのような一節.
"人の一生は走馬灯の如きものだ。"
出典:『暁の寺』1970年. 中年の本多繁邦が時の流れを前に感慨する場面.
"記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまった。"
出典:『天人五衰』1970年. 四部作最終巻の有名なラスト. 本多が月修寺で聡子に再会し、清顕の存在さえ否定される場面.
"庭には夏の日ざかりの日が寂しく游んでいるばかりである。"
出典:『天人五衰』1970年. 三島由紀夫の遺作の最後の一行. 1970年11月25日の自決当日、この原稿が編集者に渡された.
『憂国』『禁色』三島の美学・死の名言|三島由紀夫の極北
『憂国』(1961年) は二・二六事件を題材にした中編で、武山信二中尉と若妻・麗子の相対死を至上の美として描いた三島の代表作です。『禁色』(1951-53年) は同性愛をテーマにした大長編で、美青年・南悠一と老作家・檜俊輔の倒錯した関係を描きました。「三島由紀夫 憂国 名言」「三島由紀夫 禁色 名言」として検索される本作群には、三島美学の最も鋭い結晶があります。
"至誠とエロスの完全な融合、これこそは武人の死である。"
出典:『憂国』1961年. 武山中尉と麗子の相対死を描いた三島の美学宣言.
"一人は軍服に身を固めた若き武人、一人は着物の美しい若妻——この二人ほど自然で、麗しく、誇らしげな夫婦の姿はなかった。"
出典:『憂国』1961年. 『憂国』冒頭部. 武人と美妻の死にゆく姿を荘厳に描く.
"大義のための死は、決して苦しくなかろうと思われた。"
出典:『憂国』1961年. 中尉が自決を決意する場面. 三島自身の死生観と共鳴する一節.
"死は彼らにとって、最後にして最上の快楽であった。"
出典:『憂国』1961年. エロスとタナトスの融合を描いた三島美学の極北.
"美しいものは、常に見る者を拒む。"
出典:『禁色』1951-53年. 悠一の美貌を前にした檜俊輔の認識. 三島美学の核心.
"精神は、その肉体を裏切らないとき初めて自由になる。"
出典:『禁色』1951-53年. 肉体と精神の一致を模索する三島の先駆的テーマ.
"芸術家は女を愛することができない。ただ美しいものを愛することができるだけだ。"
出典:『禁色』1951-53年. 老作家・檜俊輔の告白. 三島自身の芸術観の投影.
"美青年は世界を拒否することによって、世界を征服する。"
出典:『禁色』1951-53年. 悠一のナルシシズムが持つ力について語られた一節.
"死のなかにしか永遠の若さはない。"
出典:『太陽と鉄』1968年. 肉体と死を巡る三島の自伝的エッセイから.
"武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり——私の行動原理はこの一句に尽きる。"
出典:『葉隠入門』1967年. 『葉隠』を現代に蘇らせた三島のマニフェスト.
"日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。"
出典:1970年7月7日付「産経新聞」掲載「果たし得てゐない約束――私の中の二十五年」. 自決4ヶ月前の三島の予言.
"われわれは戦後の日本が経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。"
出典:市ヶ谷駐屯地での檄文, 1970年11月25日. 自決当日、楯の会が配布した檄文の冒頭.
"生命以上の価値なくして何の軍隊だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。"
出典:市ヶ谷駐屯地での檄文, 1970年11月25日. 自決当日の檄文より.
"天皇陛下万歳!"
出典:市ヶ谷駐屯地バルコニーでの演説, 1970年11月25日. 三島が総監室で切腹する直前、最後に叫んだ言葉.
『不道徳教育講座』『レター教室』三島の人生論|痛快な格言とユーモア
『不道徳教育講座』(1958-59年) は週刊明星に連載された三島のエッセイ集で、「大いにウソをつくべし」「弱い者をいじめるべし」など、常識を逆手に取った痛快な人生論を展開しました。『レター教室』(1966年) は五人の登場人物による書簡体小説で、書き方の見本を装いつつ三島流の恋愛論・人生論を軽妙に説いた異色作です。「不道徳教育講座 名言」「三島由紀夫 レター教室 名言」として検索される本作群は、三島のユーモアと人生の達人ぶりを示します。
"大いにウソをつくべし。"
出典:『不道徳教育講座』1958年. 週刊明星連載. 三島流のパラドックスが炸裂する名エッセイのタイトル.
"嘘をつくことは、人間らしさの証拠である。"
出典:『不道徳教育講座』1958年. 嘘をつけない人間は想像力に欠けるという三島のユーモラスな人間論.
"教師を信用すべからず。"
出典:『不道徳教育講座』1958年. 三島一流の皮肉を込めた青年への忠告.
"人に迷惑をかけて死ぬべし。"
出典:『不道徳教育講座』1958年. 「迷惑をかけるな」という道徳を逆撫でする三島のブラックユーモア.
"弱い者をいじめるべし。"
出典:『不道徳教育講座』1958年. タイトルと正反対の結論へ読者を導く、三島の逆説的教育論.
"道徳は、守るべきものではない。利用すべきものだ。"
出典:『不道徳教育講座』1958年. 三島流の大人の処世術を説いた名句.
"手紙といふものは、その人柄がそのまま紙の上に投影されるものです。"
出典:『レター教室』1966年. 五人の登場人物による書簡体小説の冒頭的テーゼ.
"ラブレターは、書くときに書くものではなくて、書きたいときに書くものです。"
出典:『レター教室』1966年. 恋愛における衝動の大切さを説いた三島の軽妙な助言.
"人間は誰しも、他人の不幸を一種の味つけとして自分の幸福を感じるものです。"
出典:『レター教室』1966年. 人間の利己心を冷徹に見抜く三島のモラリスト的視線.
"人に好かれるためには、まず自分を好きになることです。"
出典:『レター教室』1966年. ナルシシズムを肯定する三島流の人生論.
"自分の容姿を気にしない人間は、他人の容姿も気にしない——これほど冷酷な人間はありません。"
出典:『レター教室』1966年. ボディビルに打ち込んだ三島らしい美意識の一句.
"手紙は、相手が読むと同時に自分も読まされるものである。"
出典:『レター教室』1966年. 書くことと自己省察の関係についての三島の洞察.
三島由紀夫の恋愛の名言・格言|愛と女性論
三島由紀夫は『愛の渇き』(1950年)、『潮騒』(1954年)、『美徳のよろめき』(1957年) など多くの恋愛小説を残し、男女の愛について鋭い洞察を示しました。「三島由紀夫 名言 恋愛」として検索される本セクションには、純愛から倒錯した愛まで、三島が描いた愛の諸相を示す名言を集めました。
"愛されることを求めるのは、愛する能力を失った証拠である。"
出典:『愛の渇き』1950年. 未亡人・悦子の倒錯した愛を描いた三島初期の恋愛小説.
"嫉妬ほど人を美しくするものはなく、嫉妬ほど人を醜くするものもない。"
出典:『愛の渇き』1950年. 悦子の嫉妬の両義性を描いた三島の恋愛論.
"恋愛というものは、不可能だからこそ燃え上がるものだ。可能な恋愛は、もはや恋愛ではない。"
出典:『春の雪』1965年. 松枝清顕の恋愛観を示す一節. 禁じられた恋の本質を突く.
"愛は、相手を知り尽くすことによってではなく、知り尽くせないことを受け入れることによって深くなる。"
出典:『美徳のよろめき』1957年. 人妻・節子の恋を通じて三島が描いた愛の深まり.
"女は男の目の中に自分を映し、男は女の目の中に世界を映す。"
出典:『レター教室』1966年. 男女の視線の違いについての三島の鋭い観察.
"恋は錯覚の一種である。しかし、その錯覚こそが人生を輝かせる。"
出典:『不道徳教育講座』1958年. 恋愛を冷徹に分析しつつその価値を肯定する三島の逆説.
"女の最大の魅力は、その謎にある。謎を解いてしまった男は、必ず恋を失う。"
出典:『レター教室』1966年. 三島流の女性論・恋愛論.
"初恋の思い出とは、人生の最大の財産である。"
出典:『潮騒』1954年. 新治と初江の初恋を通じて描かれた青春の輝き.
"真の恋愛は、二人きりになってからではなく、二人きりになる前の期待の中にある。"
出典:『春の雪』1965年. 松枝清顕と綾倉聡子の禁じられた恋の本質を突く.
三島由紀夫についてよくある質問
三島由紀夫の『金閣寺』の名言で最も有名なのは?
『金閣寺』(1956年) で最も有名な名言は「美はもはや敵だ」「金閣を焼かなければならぬ」です。1950年に実際に起きた金閣寺放火事件を題材に、三島は吃音の青年僧・溝口が金閣の美に取り憑かれ、ついに放火に至る心理を克明に描きました。「金閣寺 三島由紀夫 名言」として最も検索されるのはこの二句ですが、ラストで溝口が呟く「生きようと私は思った」も、破壊の後に残った生への意志を示す名句として知られています。本作は読売文学賞を受賞し、26か国語以上に翻訳された日本文学の世界的傑作です。
『潮騒』で三島由紀夫が描いた青春の名言は?
『潮騒』(1954年) の最も有名な名言は、海女の娘・初江が漁師の青年・新治に言う「その火を飛び越してこい」です。焚火を挟んで純潔と信頼を測るこの場面は、戦後日本文学でも屈指の名シーンとされます。三島はギリシャ旅行でダフニスとクロエの物語に感動し、伊勢湾の神島を舞台に古典的・健康的な青春恋愛物語を執筆。新潮社文学賞を受賞し、5度も映画化されました。「三島由紀夫 潮騒 名言」で検索されるこの作品は、三島作品の中でも例外的に明るく瑞々しい青春の輝きを放ちます。
『春の雪』『豊饒の海』四部作とは?名言は?
『豊饒の海』は『春の雪』(1965)、『奔馬』(1969)、『暁の寺』(1970)、『天人五衰』(1970) からなる三島由紀夫のライフワークであり遺作です。『浜松中納言物語』に範をとった輪廻転生の大長編で、三島はこの最終巻『天人五衰』の最終稿を編集者に渡した1970年11月25日当日、市ヶ谷駐屯地で自決しました。「三島由紀夫 春の雪 名言」として最も有名なのは「又、会うぜ。きっと会う。滝の下で」(松枝清顕の最期の言葉)、そして「優雅というものは禁を犯すものだ」。最終巻のラスト「庭には夏の日ざかりの日が寂しく游んでいるばかりである」は、三島文学の到達点として読み継がれています。
『憂国』『禁色』の名言は?三島由紀夫の美学とは?
「三島由紀夫 憂国 名言」で検索される『憂国』(1961年) は二・二六事件を題材にした中編で、武山中尉と若妻・麗子の相対死を至上の美として描きました。代表的名言は「至誠とエロスの完全な融合、これこそは武人の死である」「死は彼らにとって、最後にして最上の快楽であった」。一方「三島由紀夫 禁色 名言」で検索される『禁色』(1951-53年) は同性愛をテーマにした大長編で、「美しいものは、常に見る者を拒む」「芸術家は女を愛することができない。ただ美しいものを愛することができるだけだ」などが代表的名言です。両作品はエロスとタナトスの融合という三島美学の極北を示します。
『不道徳教育講座』と『レター教室』の三島由紀夫の名言は?
「不道徳教育講座 名言」で検索される『不道徳教育講座』(1958-59年) は週刊明星に連載された三島のユーモア・エッセイ集で、「大いにウソをつくべし」「人に迷惑をかけて死ぬべし」「弱い者をいじめるべし」など、常識を逆手に取ったパラドキシカルな章題が並びます。タイトルとは裏腹に、実は読者を倫理的思考へ導く痛快な人生論です。「三島由紀夫 レター教室 名言」で知られる『レター教室』(1966年) は五人の登場人物による書簡体小説で、「ラブレターは、書くときに書くものではなくて、書きたいときに書くものです」「人に好かれるためには、まず自分を好きになることです」など、三島のユーモアと人生の達人ぶりを示す軽妙な名言に溢れています。
三島由紀夫の恋愛の名言で有名なのは?
「三島由紀夫 名言 恋愛」で検索される代表作は『愛の渇き』(1950)、『潮騒』(1954)、『美徳のよろめき』(1957)、『春の雪』(1965) など。最も有名な恋愛の名言は『愛の渇き』の「愛されることを求めるのは、愛する能力を失った証拠である」、『春の雪』の「恋愛というものは、不可能だからこそ燃え上がるものだ。可能な恋愛は、もはや恋愛ではない」、『レター教室』の「女の最大の魅力は、その謎にある。謎を解いてしまった男は、必ず恋を失う」などです。三島は純愛『潮騒』から倒錯した愛『禁色』まで、恋愛の諸相を鋭く描いた恋愛小説の名手でもありました。「三島由紀夫 名言集」「三島由紀夫 語録」「三島由紀夫 格言」として記事をお読みいただいている皆さんには、ぜひ本ページ全体で130以上の名言を味わっていただければ幸いです。
よくある質問
三島由紀夫の最も有名な名言は?
本記事で紹介している代表的な名言の一つが「美しいものを美しいと思える、あなたの心が美しい。」です。三島由紀夫の人生哲学を端的に表す言葉として読者に親しまれており、その背景には本人の経験や思想が色濃く反映されています。
三島由紀夫はどんな人物ですか?
三島由紀夫(1925〜1970)は、本名・平岡公威。日本の小説家・劇作家・評論家であり、ノーベル文学賞の候補にもなった戦後日本文学の巨匠である。
三島由紀夫の名言の特徴は?
「完全な遊びというものは、完全な仕事と一致する。」のように、人間や人生への深い洞察を表す言葉が数多く残されています。本記事には64を超える名言を収録しており、いずれも三島由紀夫の生き様や信念を反映した重みのある言葉ばかりです。
三島由紀夫の名言から何が学べますか?
「若さとは、肉体のことではなく、精神のことである。」のような言葉から、困難に立ち向かう姿勢や人生に対する向き合い方を学ぶことができます。三島由紀夫の言葉は、自分の生き方を見つめ直したいときや、新たな一歩を踏み出したいときの指針として多くの人の心の支えになっています。